1970年代に活躍したキャンディーズ(伊藤蘭・田中好子・藤村美樹)。一世を風靡した売れっ子3人組アイドル。

1970年代に活躍したキャンディーズ(伊藤蘭・田中好子・藤村美樹)。一世を風靡した売れっ子3人組アイドル。

1970年代を中心に大活躍した3人のアイドルグループのキャンディーズをデビューから解散後まで振り返ります。音楽・バラエティ・グラビアを軸にデビューから解散まで振り返ります。


キャンディーズ(伊藤蘭・田中好子・藤村美樹) 1970年代に活躍した日本の女性3人組のアイドルグループ

キャンディーズ

キャンディーズのメンバー

キャンディーズのメンバーは、伊藤蘭・田中好子・藤村美樹の3人

伊藤蘭(愛称ラン、1955年(昭和30年)1月13日 - )

伊藤 蘭(いとう らん、1955年1月13日 - )は、日本の女優、ナレーター、元歌手であり、元キャンディーズのメンバーである。本名、水谷 蘭(みずたに らん)。旧姓、伊藤。
東京都武蔵野市吉祥寺出身。トライサム所属。夫は俳優の水谷豊、娘は女優の趣里。

1969年に渡辺プロダクションが経営する東京音楽学院に入学。入学後、スクールメイツのメンバーに選抜される。同期生には田中好子・太田裕美らがいた。
1972年にNHKの歌番組『歌謡グランドショー』のマスコットガールのオーディションに田中好子・藤村美樹とともに合格。この3人組はキャンディーズと命名され、マスコットガール兼アシスタント(椅子・マイク運び、代理音合わせなど)として活動。なお、キャンディーズの名前の由来は、NHKの当時のプロデューサーの「食べてしまいたいくらいかわいい」という想いから。
1973年9月1日には、田中好子(ニックネームはスーちゃん)、藤村美樹(ニックネームはミキちゃん)と共にキャンディーズとして「あなたに夢中」で歌手デビュー(ニックネームはランちゃん)。当初はスーがリードボーカルを担当していたが、伊藤蘭をイメージして作られた5曲目のシングル「年下の男の子」以降から殆ど、ランがセンター位置のリードボーカルを担当した(但し「わな」のみセンターがミキ、スーは右位置に移動した)。これは当時のマネージャー諸岡義明の提案によるものである。コーラスパートはソプラノ。また歌手活動のほかに『新春かくし芸大会』『8時だョ!全員集合』『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』などのテレビ番組で見せたコミカルな一面も人気を呼んだ。
1977年以降、一部自分だけがソロで歌う歌の作詞、そのうちの大部分の作曲をした。主な作品に、「つばさ」「アンティックドール」「黄色いカヌー」「へそまがり」「恋がひとつ」「今日から私は」「鏡の中で」「MOONLIGHT」「ろうそくの灯に」「ささやき」「悲しみのヒロイン」などがある。このうち「つばさ」は翌年のキャンディーズ解散コンサートの最後に歌われた曲であり、シングルカットもされた。(本人はシングル化されることには反対だった模様)
1977年7月17日、日比谷野外音楽堂でのコンサート中、突然キャンディーズの解散を宣言。その最中、伊藤が泣き叫びながら発言した「普通の女の子に戻りたい!」は、当時流行語ともなった。翌1978年4月4日のキャンディーズ解散コンサートと同時に芸能界を一時引退するが、後に復帰し女優業に専念。
1979年5月18日午後11時半頃に杉並区天沼の八幡通りを歩行中に後ろから来た乗用車にはねられ全治10日の怪我。車はそのまま逃走した。
1980年(昭和55年)映画『ヒポクラテスたち』(大森一樹監督・作)に主演して本格的に女優復帰。
1981年(昭和56年)には夢の遊眠社の『少年狩り』(野田秀樹作・演出・主演)に出演。以降、同劇団の舞台に主演。座友的立場での客演を続ける。
1989年に俳優の水谷豊と結婚。翌1990年、長女の趣里(しゅり、2011年に女優デビュー)を出産。近年はナレーション業もこなしている。
2008年9月24日に『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングに岸惠子からの紹介で出演したが、その日が6500回を超える同コーナーへの初出演だった。
キャンディーズの解散後もメンバーだった藤村と田中とは定期的に会っており、3人の交流は田中が亡くなるまでずっと変わることなく続いていた。
2011年4月21日に田中が乳がんで死亡。伊藤は藤村と共に病室で7時間過ごして田中の最期を看取ったことを、田中の通夜のインタビュー(囲み取材)で明らかにした。25日に行われた田中の葬儀では藤村とともに弔辞を読んだ。
(出典:Wikipedia)

伊藤 蘭(いとう らん、1955年1月13日 - )

田中好子(愛称スー、1956年(昭和31年)4月8日 - 2011年(平成23年)4月21日)

田中 好子(たなか よしこ、1956年4月8日 - 2011年4月21日)は、日本で活動していたアイドル歌手でキャンディーズのメンバー・女優。本名:小達 好子(おだて よしこ)。旧姓:田中。愛称はスーちゃん。

1972年(昭和47年)、NHKの歌番組『歌謡グランドショー』のマスコットガールのオーディションに伊藤蘭、藤村美樹とともに合格。この3人組は「キャンディーズ」と命名され、マスコットガール兼アシスタント(椅子・マイク運び・代理音合わせ)として活動。また、この年の紅白歌合戦で、橋幸夫(曲は「子連れ狼」)のバック・コーラスや、南沙織(曲は「純潔」)のバックダンサーを務めた。

1973年(昭和48年)9月1日、キャンディーズとして「あなたに夢中」で歌手デビュー(コーラスパートはメゾソプラノ)。ニックネームは「スーちゃん」(好子の“好”という字が「すき」の「す」であるため)。キャンディーズのメンバーでは最年少であった。ついでながら伊藤や藤村からは、スーさんと呼ばれていた。

デビュー曲の「あなたに夢中」から4曲目の「なみだの季節」までは、歌唱力を評価されてキャンディーズ初期のセンター位置のリードボーカルを担当した。その間はヒット曲に恵まれず、その後5曲目の「年下の男の子」以降殆どは、メインボーカルを伊藤に譲り、向かって右の立ち位置でコーラスを務めた。

1989年(平成元年)に公開された『黒い雨』で、主役・「高丸矢須子」役を演じ、日本アカデミー賞・ブルーリボン賞・キネマ旬報賞・毎日映画コンクール・報知映画賞などで主演女優賞を受賞。日本アカデミー賞などでは作品に対しても大賞を受賞し、第42回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上演された。

テレビでは、1983年(昭和58年)から1984年(昭和59年)の連続テレビ小説『おしん』のおしんの養女「田倉初子」役や、1994年(平成6年)の『家なき子』(日本テレビ)でヒロインの母・「相沢陽子」役、2001年(平成13年)の連続テレビ小説『ちゅらさん』では主役の母・「古波蔵勝子」役などを演じた。映画では2003年の『鏡の女たち』、2007年の『0からの風』や『親父』などで主要キャストに扮した。

結婚翌年の1992年(平成4年)に乳がんが見付かり、幾度か再発を繰り返したが、いずれも早期発見で秘密裏に治療を受けながら芸能活動を続けていた。これらの事実は、田中の死去直後の記者会見において、夫の小達一雄により初めて公式に明らかにされた。闘病の事実は親族のみに伝えられ、盟友である伊藤蘭と藤村美樹ですら、伝えられたのは死の約3年前で、共演者には一切明かされていなかったという。

2010年(平成22年)10月に十二指腸潰瘍を患い、その治療のため絶食をしたことで体力・免疫力が低下、乳がんが再発。2011年(平成23年)2月には、がん細胞組織が急激に増殖するラッシュ状態となり、肺や肝臓にもがんが転移した。

2011年(平成23年)4月21日午後7時4分頃、懸命の治療も甲斐なく、国際医療福祉大学三田病院にて逝去。55歳没。長年の盟友だった伊藤蘭と藤村美樹は、田中が危篤状態になった際、「2人とも家族同然だから」という親族の計らいで病室に呼ばれ、田中が息を引き取るまで、7時間にもわたって田中の名前を呼び続けていたという。
(出典:Wikipedia)

田中 好子(たなか よしこ、1956年4月8日 - 2011年4月21日)愛称はスーちゃん。

藤村美樹(愛称ミキ、1956年(昭和31年)1月15日 - )

藤村 美樹(ふじむら みき、1956年1月15日 - )は、日本の元歌手である。戸籍名、尾身 美樹(おみ みき)。旧姓、藤村。元キャンディーズのメンバー。

東京都世田谷区生まれ、福島県福島市育ち。血液型O型。聖ドミニコ学園に小学校から高等学校まで在学して卒業。
4人兄弟の末っ子。父は声楽家で元・岡山大学教育学部教授、藤村晃一。母はピアノの先生。カトリックの家に生まれる。幼少の頃に洗礼を受け、「マリア・ローザ」のクリスチャン・ネームを持つ。
音楽に関する特別な教育は受けていなかったが、自然と理論と歌唱の素養を身につけていった。声質はハスキーボイスである。公称身長156cm、体重40kgとスレンダーな体形である(1978年2月時点)。踊りは、しっかりした体重移動によるキレを特徴とする。以下、時系列で概説する。
1969年の夏に奥多摩のキャンプ場で偶然伊藤蘭、田中好子の二人と出会う(ただしこの出会いについては諸説あり)。3人とも歌が好きということで意気が投合、その後も交流が続いた。
その後伊藤と田中の二人は渡辺プロダクション傘下の東京音楽学院に入るが、藤村は両親に芸能界入りを反対されていた。しかし最終的には両親が熱意に負け、二人に1年遅れて1970年に学院に入り、スクールメイツに選抜される。
1972年(昭和47年)NHKの歌番組『歌謡グランドショー』のマスコットガールのオーディションに伊藤蘭、田中好子とともに合格。この3人組は「キャンディーズ」と命名され、マスコットガール兼アシスタント(椅子・マイク運び・代理音合わせ)として活動。1972年の第23回NHK紅白歌合戦では橋幸夫(子連れ狼)のバックコーラスを務めている。
1973年(昭和48年)9月1日、キャンディーズとして「あなたに夢中」で歌手デビュー(ニックネームはミキちゃん)。キャンディーズの音楽面のリーダーを自負していた。このため歌うのが難しいパートを担当することが多く、コーラスパートは主にアルトを担当していた。しかし低音のみならず、地声でかなりの高音を出せる。これは例えば、「コットン・フィールズ」(アルバム『なみだの季節』収録)で聴くことができる。ミキのアルトパートの音量は、シングルレコードでは他の二人に比べて小さめに録音されていることが多いため、慣れないと聞き取りにくい。逆に最も明瞭に録音されているのが「ハートのエースが出てこない」である。コーラスパートは前述のようにアルトであるが、曲によっては主旋律の上を歌うこともある。それは「危い土曜日」「春一番」「哀愁のシンフォニー」「やさしい悪魔」である。

1978年(昭和53年)4月のキャンディーズ解散後は芸能活動を休止していたが、5年後の1983年(昭和58年)に一時的に復帰。BOURBONレーベル(徳間音工)から、シングル「夢・恋・人。」、LPレコードをリリースした。期間限定でソロの歌手活動をするが、間もなくして実業家だった尾身善一との結婚を機に芸能界を引退し、2人の間には子供(劇団青年座所属尾身美詞ら)がいる。

その後4半世紀以上公の場には姿を現していなかったが、田中好子が2011年4月21日に亡くなったことにより、田中の通夜(同年4月24日)に参列のため姿を見せた。告別式(同年4月25日)では、伊藤蘭と共に弔辞を読んだ。
(出典:Wikipedia)

藤村 美樹(ふじむら みき、1956年1月15日 - )愛称はミキちゃん。

1972年(昭和47年)4月: NHK『歌謡グランドショー』のマスコットガール兼アシスタント(椅子・マイク運び・代理音合わせ)として「キャンディーズ」誕生

キャンディーズのデビュー当時、食べてしまいたいほどカワイイ3人なのでキャンディーズ。

1973年(昭和48年)9月1日: 「あなたに夢中」でレコードデビュー(当時のメインボーカル・センター位置は田中が担当)

キャンディーズの歌手デビュー・シングル「あなたに夢中」

キャンディーズのバラエティ番組のレギュラー出演作

キャンディーズは歌だけでなく、バラエティ番組でも頑張った

8時だョ!全員集合 (TBS) - レギュラー

1973年(昭和48年)4月7日: TBS『8時だョ!全員集合』のアシスタントとしてレギュラー出演

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