お茶の間のアイドル「香坂みゆき」
香坂みゆき
香坂みゆき 『ニュアンスしましょ』 ( ミュージシャン ) - 音選街 - Yahoo!ブログ
モデルとして活躍していたこともありその容姿はたぐいまれな美しさでバービーちゃんと呼ばれていたこともある香坂みゆきさん。
お茶の間で人気が出たのは萩本欽一氏が司会でおなじみのバラエティ番組「欽ちゃんのドンとやってみよう!」のマスコットガールとして起用されたことが発端でした。
欽ちゃんのドンとやってみよう!
香坂みゆき 『ニュアンスしましょ』 ( ミュージシャン ) - 音選街 - Yahoo!ブログ
元々ラジオ番組で人気が出た番組をテレビ版に編成して番組タイトルを変え放送開始した番組で、コント55号での今後に不安を感じた萩本欽一氏が新しいお笑いを求めて始まったとされています。
一般からハガキによる投稿でテーマに沿ったコントを作り送ってもらうといったあの手法はラジオ番組の時に始まりそのままテレビでも継続したという形のようです。
その番組内のマスコットガールとして起用された香坂みゆきさんは当時12歳という少女の時でその愛くるしさでアシスタントという枠を超えた人気を博しました。
歌手デビューは14歳
12歳でお茶の間の人気者となった香坂みゆきさんが歌手としてデビューしたのは14歳の時でした。1970年代後半はピンク旋風が吹き荒れどんなにルックスが良くても歌唱力があっても売れるトップアイドルになるには難しい時代でした。
愛の芽ばえ
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こんなにも可愛らしい14歳が大人気アイドルグループ、ピンクレディに立ち向かっていかなくてはならないなんて当時のピンクレディの人気の高さを知っている人から見たらむごすぎます!と言い切るでしょう。
ペッパー警部
老いも若きも猫も杓子もピンクレディに注目しピンクレディに関した商品がたくさん売れた時代でもあったと思います。
筆者も幼い頃に良く踊り歌っていたと言われかすかに記憶にも残っているほどです。決して安くはないレコードがたくさんあったのはピンクレディの曲さえ掛けてあればおとなしくしていたという理由まで大きくなって教えてくれました。それほどピンクレディの人気は絶大で人気、レコードの売り上げで右に出るものもなかったと言われています。
歌唱力は悪くないのです。どちらかと言えば歌唱力も容姿も問題なくトップアイドルとして活躍できたはずなのですが時代が悪かったとしか言えません。この時代にアイドルとしてデビューするということは歌唱力に定評があったからなのですが、ピンクレディの人気にはかなわなかったと思うしかありません。そんな時代でした。
最大のヒット曲「ニュアンスしましょ」
17枚目にリリースされた「ニュアンスしましょ」が香坂みゆきさんにとって最大のヒット曲とされています。
アイドルと言われることに抵抗があったと本人が述べていたようにテレビカメラに向かって笑顔を振りまくというスタンスのアイドルという枠には馴染めなかったということで、最大のヒット曲となった「ニュアンスしましょ」もテイストが独特で彼女のミステリアスな雰囲気に合っていたということもヒット要因の1つなのかもしませんね。
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