作られた”伝説のセックスシンボル”マリリン・モンローに関するよもやま話

作られた”伝説のセックスシンボル”マリリン・モンローに関するよもやま話

皆さんはマリリン・モンローという女優をご存知でしょうか?多分、写真や映画を見て名前だけは知っているという方が殆どではないかと思うし、私がもしも大学時代に米国留学(遊学)してなければ、私も皆さんと同レベルだったでしょう。


マリリン・モンローの最大の魅力は、そのセクシーさでは決して無い。子供じみた可愛らしさ、悪く言えばノータリン、良く言えば、脳の一部が少女のまま成長してしまった女の天真爛漫さを堂々と演じ通すところにある。
たとえダンスがプロっぽくなくても、そのぎこちなさが逆に愛らしく狂おしい。意図的でやり過ぎな流し目を飛ばしながら動き回るだけで充分なのである。それだけで彼女の魅惑的パフュームが、画面を越えて溢れ来る。
魔術的なまでのまぶた使いや、もったいぶった口の動かし方、瞳孔を開きっ放しにした表情作りも、匠的な技では決してないものの、彼女がするからこそその魅力は拡大拡張する。
そこまで見え見えの大袈裟な誘惑顔をしなくても、という演技でも、全く嫌味を感じさせない、そこにマリリン・モンローの特異さがある。

ローレン・バコール,ベティ・グレイブル,マリリン・モンローのスター三人が出ていて、軽いのりのコメディで、まずまず楽しめる映画だ。
まず、マリリンが殆ど眼鏡なしでは何も見えない設定が面白いし、ベティを見たのはミュージカルが殆どだが、懐かしい女優の一人だ。役者としては、やはりローレンが一枚上手で、ウィリアム・パウエルに言い寄る時「年上が好きで、例えば’アフリカの女王’のハンフリー・ボガートのような」という台詞が面白い。当時、彼女は25才年上のボギーの奥さんだったのだ。

酒場でギタ-をかき鳴らしながら歌うモンロ-は実に妖艶である。そのモンロ-が一転してジ-ンズを穿き洗いざらしのシャツを着て筏で激流に挑まざるを得なくなる。同行のミッチャムに協力してその息子と共に筏の舵を操作して激流の飛沫を浴びている内に、酒場女としての脂粉が洗い流され素のオンナに戻ってゆき、自然の光を浴びても色あせぬ素肌の魅力を獲得するに到る。眠たげな目のミッチャムはあくまでも男らしく息子(トミ-・レティッグ)は健気で、この二人に家族として迎えられたモンロ-は、もう必要としなくなった赤いハイヒ-ルを捨て二人と肩を並べて馬車でホ-ムへ向かうのだった。マリリン・モンロー渾身の作品。

世の男の理想の浮気相手を演じるのは絶頂期のマリリンモンロー。まさに完璧。
はちきれそうな魅力、それは可愛さや美しさという言葉では表しきれない魅力なのである。
とにかく、純真さと鈍感さとノータリンさと、まぶしいまでの可愛らしさとのバランスが、絶妙なのだ。
ビリーワイルダーって、美女の魅力を引き出す職人だね。

七年目の浮気(特別編) [DVD]

私生活では、1954年1月14日、かつてメジャーリーグベースボールのニューヨーク・ヤンキースに所属し、最も知名度の高いプロ野球選手だったジョー・ディマジオとサンフランシスコの市庁舎で二回目の結婚をし、新婚旅行も兼ねて在日米軍や在韓米軍の慰問公演を行うため日本や韓国を訪問した。
しかし、この結婚もわずか9ヶ月で破綻し、離婚。

マリリン・モンローと2番目の夫ジョー・ディマジオ(右)(1954年)

その後、”セックスシンボル”を脱したかった彼女は、ニューヨークに移りリー・ストラスバーグが主催するアクターズ・スタジオで演技の指導を受けていて、『アンナ・クリスティ』や『欲望という名の電車』を演じ好評を博した。

1956年には劇作家のアーサー・ミラーと結婚するが、1957年頃から不安定な状態が続き、睡眠薬を飲み過ぎたりして、精神病院に入ったりもした。カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授のラルフ・グリーンソンによる精神分析を受け続けた。また、アンナ・フロイト(ジークムント・フロイトの娘)には境界性パーソナリティ障害と診断されたが、正確なところは分からない。
かくして、二人の結婚は長続きせず、1961年には三度目の離婚を経験した。

アーサー・ミラーとの結婚式時

大統領まで虜にしてしまう魔性の女・マリリン!!

1961年にミラーとの離婚に先立つ1959年頃から、ケネディの妹の夫で俳優のピーター・ローフォードやフランク・シナトラの紹介で、前年に大統領となったジョン・F・ケネディと肉体関係にあったことが、ローフォードやモンローの家の家政婦のレナ・ペピートーンなどの多数の証言により明らかにされている。

ジョン・F・ケネディとマリリンとの関係は、ケネディがマフィアと関係の深いシナトラを介してマリリンと知り合った上に、2人の関係を熟知しており、このスキャンダルをマフィアの取り締まりを強化しようとしていたケネディ政権に対する取引材料に使おうとしていたことを憂慮したFBI長官が、ケネディの弟で当時の司法長官であったロバートに忠告したことでこの年に終焉を迎えた。

ケネディ大統領の誕生日祝賀会の後にケネディ兄弟と話すマリリン(1962年5月19日)

花の命は短くて・・・

二番目の夫であったディマジオとよりを戻しつつあった1962年8月4日、ロスの自宅で、睡眠薬の多量摂取により死亡しているのが発見される。享年36歳。その後、自殺説などの噂が流れるが原因はいまだ不明。撮影中だった作品は製作中止となった。

遺体が発見されたモンローの家(1992年)

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