多彩な才能を発揮する五月みどりさん
五月みどりさんのプロフィール
五月みどりさんの経歴
生い立ち
幼少期から日本舞踊を習い、歌うことも好きも好きな少女でした。のど自慢大会に出場したこともあるそうですが、その当時は成績が振るわなかったそうです。1956年にニッポン放送の『ものまねのど自慢』で優勝すると、審査員から誘われ、下積み時代を送ることになります。キャバレーでの初舞台を迎えたとき、天才少女が現れたと話題になって本格的な歌手デビューをすることになりました。
歌手として
1958年にデビューしてから3年間はなかなか売れませんでしたが、4年目にして『おひまなら来てね』を発売すると、可愛らしい容姿に加え、ビブラートを活かした歌は大ヒット。翌年1962年には『NHK紅白歌合戦』に初出場すると、それ以降も、3年連続での出場を果たして、『一週間に十日来い』『忙しくても来てね』『明日も来てね』『温泉芸者』『熱海で逢ってね』など、数々のヒット曲を飛ばして歌手としての地位を固めるのでした。
女優・タレントとして
その後は『クイズダービー』『徹子の部屋』といった人気番組にも出演され、タレントとしての地位も確立されていきました。1997年から日本テレビで放送された『伊東家の食卓』に、お母さんとして出演されていたことはミドルエッジ世代の記憶にも新しいのではないでしょうか。
五月みどりさんのプライベート
過去に3回の結婚をされていますが、離婚しており、現在は婚姻されていません。
最初の夫は新栄プロダクションの社長だった西川幸男さんで、現在は会長に就任されています。男の子・女の子に恵まれますが、価値観の違い、社長夫人という立場に耐えられず、結婚して6年後には離婚されました。
2回目に結婚された相手は、日本テレビのディレクター・面高昌義さん。当時は奇妙な夫婦として有名で、お互い、ワイドショーで浮気の告白をされていました。離婚の原因は面高さんの金銭トラブルによるもの。約8年の結婚生活を経て離婚となりましたが、夫婦揃って記者会見を行ない、会見中に5度もキスをしたことでも知られています。
3度目は歌手の立花淳一さんと結婚されましたが、20歳も年下だったことで、世間を大きく賑わせました。しかし、2年後には離婚してしまうことに。結婚して2週間後には立花さんに別の女性がいることが分かっていたそうですが、3回目の結婚で後がないと思い、ずっと我慢されていたそうです。
そんな五月みどりさんですが、マネージャーの逸見文泰さんから「貴女を一生支える」と告白され、事実婚の状態にあると明らかにされています。入籍はされていないようですが、五月みどりさんも「だから長続きしているのかもしれない」と発言しているようです。