美人女優として華々しく活躍された手塚理美さん
手塚理美さんの経歴
1961年、商社務めの父親、母親、二人の間に生まれた手塚理美さん。小学生の頃、七五三の撮影でモデルをしたことをきっかけに、そのままジュニアモデルとして活動するようになります。
当時の芸名は、”手塚さとみ”。下の名前はひながな表記で活動を始めました。
アイドルとしても二枚のシングルをリリースされました。
1981年にはヌード写真集『少女だった』を発売し、彼女はアイドルから女優業にシフトしていきます。この時期を境に、芸名を本名の”手塚理美”を名乗るように。
その後も、テレビドラマ・映画を中心に活躍され、女優として確固たる地位を築きます。
しかし、結婚生活は真田広之さんの不倫で幕を閉じます。それ以降、手塚理美さんはシングルマザーとなって仕事よりも育児に念連されるように。
驚きなのは不倫して離婚したはずなのに、手塚理美さんは真田広之さんに未練があるような発言をしており、この二人は復縁もあるのではないかと囁かれていたことです。
離婚してからも定期的に会う機会を設けていたというので、そんなウワサにも現実味がありました。現在もお二人は復縁されていませんが、お互い独身を貫いていますので、まだまだどうなるか分からないですよね。
手塚理美さんのヌード・濡れ場情報
経歴でも少し触れたように、1981年に発売した…
ヌード写真集『少女だった』