70年代に活躍したアイドル・女優の歴史(デビュー時1965年から1979年)70名

70年代に活躍したアイドル・女優の歴史(デビュー時1965年から1979年)70名

1970年代に活躍したアイドルや女優(歌手もしくは女優デビュー時1965年から1979年)70名の懐かしい70年代の世界観をどっぷり満喫できるまとめです。70年代に活躍した美女たちの思い出が蘇ります!


倉田まり子

能瀬 慶子(のせ けいこ、1963年(昭和38年)3月16日 - )は、日本の元アイドル。現在は、吉田慶子(よしだけいこ)。東京都立北高等学校卒業。

千葉県に生まれ、東京都文京区で育つ。1978年(昭和53年)高校在学中に第3回ホリプロタレントスカウトキャラバンで38700人の応募を勝ち抜き優勝。同年映画出演を果たし、1979年(昭和54年)にNAVからシングル『アテンションプリーズ』で、歌手としてデビュー。

1979年には「赤い激突」以来約1年ぶりに復活した赤いシリーズ第8作「赤い嵐」にヒロインとして出演。記憶喪失の少女・小池しのぶを演じた。二重人格による豹変ぶりは当時評判となった。

また、記憶喪失時の「ここはどこ、私は誰?」という演技はその後お笑い芸人などによってしばしばパロディのネタにされた。

1983年(昭和58年)20歳で引退した後、ミュージシャンと結婚し3児の母となった。引退後、湯島天神で太鼓を叩く姿がテレビ放映されたことがある。
(出典:wikipedia/能瀬慶子)

能瀬慶子

赤い嵐(1979年、TBS) - 小池しのぶ 役

「赤い嵐」にヒロインとして出演。記憶喪失の少女・小池しのぶを演じた。

沢田 聖子(さわだ しょうこ、1962年3月13日 - )はシンガーソングライターである。東京都中野区出身、血液B型。文化女子大学附属杉並高等学校、文化女子大学短期大学部生活造型学科卒業。

フォークソング歌手としての活動を基盤に、他の歌手への楽曲提供、レポーター、パーソナリティなど、積極的に各種芸能活動を行っている。一時期、仙台から仕事の度に上京していたが、現在は都内に拠点を置き音楽活動を展開中。2009年のデビュー30周年全国ツアー後に事務所から独立し、単身ライブ活動を行っている。

名前が似ており、さらに誕生日が3日違いで同い年であることから、松田聖子は比較されることがあったが、デビューは沢田が1年早く、音楽性は全く違う路線であった。松田聖子という名前は芸名であるのに対し、沢田聖子は本名である。

1978年8月8日、16歳の時にイルカオフィスと契約。
1979年5月25日、クラウンレコードから『キャンパススケッチ』でレコードデビュー。「イルカの妹」というキャッチコピーにより、産休から復帰したイルカのカムバックリサイタルのステージにも立つ。以後、ライブを中心とした音楽活動、パーソナリティ活動などを積極的に行う。

彼女が活躍を開始した1980年代初頭においては、若い女性のシンガーソングライターは希少な存在であり、ルックスも相まって男性層からアイドル的人気を得た。

80年代の女性ニューミュージックシーンを変え、アイドル性を持ったシンガーソングライターのパイオニア的な存在となる。1980年には学園祭出演数No.1を記録し、「学園祭のプリンセス」と呼ばれた。

その反面、自作曲のリリース比率が少ないことへの批判や、年齢相応の実生活での難局を迎えたり恋愛を歌う路線変更に苦戦して一時活動を休止するなど、その後続々登場する女性アーティストが直面する問題を先んじて経験することになった。
(出典:wikipedia/沢田聖子)

沢田聖子

井上 望(いのうえ のぞみ、1963年2月4日 - )は、元歌手・タレントで、音楽プロデューサーを中心に活動している。本名:武東 望(むとう のぞみ)、旧姓:井上。血液型:A。
学歴:福岡県立大牟田北高等学校→東京都立代々木高等学校(編入)→堀越高等学校(編入、卒業)

福岡県大牟田市出身。日本テレビ系列の番組「スター誕生!」出身。

1979年ビクターから「ルフラン」で歌手デビュー。同年暮れの第21回日本レコード大賞(TBS系列)では「好きだから」で新人賞を受賞。アイドルが所属しない第一プロから、次はぜひアイドルを売り出したいと熱心に誘われたので受けたが、第一プロがアイドル歌手の部門に弱く充分な売り出しが出来なかったため、それが裏目に出てしまったようだと本人がインタビューなどで語っている。 テレビのアニメソングを歌ったことをきっかけに、アニメソングの作詞作曲をはじめ、作った歌は数百になる。

後に、エド山口(ビジーフォーのモト冬樹の兄)と結婚。2人の娘と共に家族4人で「土曜スペシャル」(テレビ東京)によく出演し、家族円満の姿を見せている。

プロレスラー藤波辰巳の熱狂的ファンで、かつて藤波が若手のホープだった頃、藤波のイベントにゲスト出演した井上が、感動のあまり泣くというシーンがあった。
(出典:wikipedia/井上望)

井上望

比企 理恵(ひき りえ、1965年10月10日 - )は、日本の女優。本名、中越 理恵子(なかごし りえこ)。東京都生まれ。所属事務所はホリプロ。

渋谷区立笹塚中学校→港区立赤坂中学校→堀越高等学校卒業。
1979年第4回ホリプロタレントスカウトキャラバンで優勝し、1979年12月に、シングル『恋のローラーブーツ』で歌手デビュー。昭和40年生まれのアイドル第1号として当時話題になり、以後アイドルとして活躍。デビューに際し芸名を一般公募したが、本名から『子』を外すにとどまった。歌手としては『恋のローラーブーツ』がオリコンチャート199位で最高位だった。

現在は、舞台を中心に活動。ミュージカル『ピーターパン』では、6年連続でウェンディ役を演じたほか、2001年からはダーリング夫人を演じ、2010年の公演で出演回数が500回を超えた。
同年齢の1980年代の人気アイドル歌手柏原芳恵とは親友であり公私ともに交流が続いている。
(出典:wikipedia/比企理恵)

比企理恵

大滝 裕子(おおたき ゆうこ、1963年3月19日 - )は、日本の歌手である。山梨県甲府市出身。

幼児期から岩崎宏美、大橋純子等の歌唱力が高い歌手に憧れ、小学校の頃渡辺プロダクションの新人養成所東京音楽学院でボイストレーニングやダンスレッスンに励む。歌手になる為の基礎を学ぶ。

1978年『ミス・セブンティーンコンテスト』に応募し本選大会で尊敬する岩崎宏美の『二十才前』を歌い見事優勝。当時まだ中学三年。同大会参加者には松田聖子、久保田早紀などがいた。このコンテストがきっかけでエピックソニー、渡辺プロダクションにスカウトされ1979年7月21日シングル『A BOY』でメジャーデビュー。キャッチフレーズは『ハレーション・シックスティーン』。当時わずか16歳とは思えぬパンチの効いた高い歌唱力で話題を浴びた。シングル5枚、アルバム1枚を発売する。

1985年、コーラスグループAMAZONSを結成。松任谷由実や久保田利伸のコンサートツアーに参加し、高いコーラスワークが注目され、1987年11月21日CBS/SONYよりシングル『GLORIOUS GLAMOUROUS』でメジャーデビュー。シングル12枚、アルバム9枚を発売。

現在も、AMAZONSのメンバーとしての活動、各種アーティスト(近年矢沢永吉、平井堅、スガシカオ、郷ひろみ)のコンサートツアーのコーラス参加、ボイストレーナとして活動中である。また、郷ひろみ、中山美穂などにも楽曲提供もしている。
(出典:wikipedia/大滝裕子)

大滝裕子

早坂 あきよ(はやさか あきよ 1962年2月17日 - )は、日本の元タレント。
本名は富元 章代(旧姓早坂)。神奈川県出身。神奈川県立外語短期大学付属高等学校卒業。所属事務所はスペース・ワン→古舘プロジェクト。

モデルの仕事を経て1979年に小西直子と「BIBI」を結成。
松本ちえこに次ぐ2代目バスボンガールとして2年間活動した。

BIBI(早坂あきよ・小西直子)

BIBI(早坂あきよ・小西直子)

70年代 アイドルグラビア「南沙織」「麻丘めぐみ」「ゴールデンハーフ」「キャンディーズ」「木ノ内みどり」「岡田奈々」「岡崎友紀」「ピンクレディー」他合計43名 - Middle Edge(ミドルエッジ)

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