【女子バレーボール】ミレーヤ・ルイス、垂直跳び1m超のジャンプ力でキューバの五輪3連覇に貢献した史上No1アタッカー

【女子バレーボール】ミレーヤ・ルイス、垂直跳び1m超のジャンプ力でキューバの五輪3連覇に貢献した史上No1アタッカー

アタッカーとしては小柄ながら驚異のジャンプ力で1991年から2000年にかけて前人未到のバレーボール3大大会8連覇を成し遂げたキューバ黄金時代の象徴、ミレーヤ・ルイスの活躍について振り返る。


女子バレーボール史上最高のアタッカー、ミレーヤ・ルイス

ミレーヤ・ルイスは、キューバ黄金時代の象徴であり、10年にわたり女子バレー界に君臨した世界のエース。
超人的なジャンプ力で偉大なる成績を残した彼女の活躍や現在について、画像や映像を用いて紹介する。

アレハンドリナ・ミレーヤ・ルイス・エルナンデス
(Alejandrina Mireya Luis Hernández)
1967年8月25日生まれ
キューバのカマグエイ出身
ポジションはウイングスパイカー

キューバ代表『ミレーヤ・ルイス』

他の選手と比べて小柄なルイス。(番号3)

175cmとセッターと同程度以下の身長ながら、身長と身体能力が共に高い選手がそろっているキューバ代表において絶対的エースとして君臨した。

身長175cmの小柄なアタッカー

垂直跳び1mを超えるジャンプ力

低身長のルイスを世界No1アタッカーたらしめたのは、人間離れした跳躍力である。
垂直跳びは1mを超え、最高は110cmを記録したと言われている。

これはNBA(アメリカ男子プロバスケットボールリーグ)のトップ選手並みである。
バスケットの神様、マイケル・ジョーダンが持つ垂直跳びのギネス記録が122cm。
あのジョーダンとたった10cm程度しか違わないジャンプ力を持つ女性、それがミレーヤ・ルイス。

その凄まじいジャンプ力でルイスは、鳥人(ちょうじん)や跳人(ちょうじん)、さらにゴムマリ少女とも呼ばれた。
また、ルイスを筆頭に身体能力の高い選手が揃っているキューバ代表は『鳥人軍団』、『ゴムマリ軍団』とマスコミに表現されるようになった。

完全にブロックの上からスパイクを叩きこんでいる。
そして、あまりの跳躍力にカメラが追い付いていない…。

最高到達点は何と336㎝!

ルイスの現役でのスパイク最高到達点は336㎝。(339㎝という説もある。)
これは男子選手とほぼ変わらないほどの打点であった。

当時日本のエースであった大林素子(身長182cm)の最高到達点は310cm。
現在日本のエースである木村沙織(身長185cm)の最高到達点は304cm。

ルイスにまともなトスが上がったらブロックしても意味がないとまで言われ、決められた相手チームが思わず苦笑するようなシーンも多く見られた。
大林素子はルイスとの対戦を振り返り、「ブロックに飛んでも指がかする程度で止められなかった。」と語っている。

なお、ルイスは出産前の最高到達点が333cmであったが、出産後に336cmへと伸ばしている。

超高角度で放たれるスパイク

垂直跳び1mを超えるジャンプ力と、しなやかな腕が放つ強烈な打球。
スパイクのボールが床に落ちてもまだ空中にいるという滞空力は世界中のファンを魅了した。

ブロックの上から叩きつけられるスパイクは、アタックラインのはるか前方に着地し、後衛は全く意味をなさなかった。

垂直落下のようなスパイク

動画で振り返るミレーヤ・ルイス

ルイスはなぜそんなに高く跳べたのか?

キューバの農家で男7人女2人兄弟の末っ子として生まれたルイス。

少女時代は家が貧しく、おやつは野生のマンゴーであった。
末っ子のルイスは、兄や姉が採った後の残ったマンゴーを採るために必死になって高い枝に跳び続けた。
次第に天性のバネに磨きがかかり、兄弟よりも高い場所のマンゴーを採れるようになっていく。
そして、11歳のときにはバスケットボールのリング(3m5cm)に手が届くまでになっていたという。

マンゴーの木

女子バレーの伝説、ミレーヤ・ルイスの経歴

1983年、15歳の時にキューバナショナルチームに選出され、プレオリンピックに出場。
しかし翌年のロス五輪、88年のソウル五輪はキューバのボイコットにより出場できなかった。

1985年のワールドカップでは驚異のジャンプ力とスパイクで脚光を浴びるが、18歳という若さ故のもろさも見られ、中国のエース・郎平に打ち負け銀メダルに終わった。

身長184cm。
『鉄のハンマー』と称された強力なスパイクで1980年代の中国バレーボールの黄金時代を築いた。
ルイスとは全盛期がズレるため単純比較できないが、史上最強アタッカーを論ずる上で欠かせない存在である。
2002年にバレーボール殿堂入り

中国代表『郎平』

1986年に長女を出産、なんと妊娠7ヶ月までコートに立っていた。
同年の世界選手権は出産直後であったために思ったような活躍は見られず銀メダルに終わった。

1989年のワールドカップでは大車輪の活躍を見せ、その跳躍力と男子並みのスパイクで観客の度肝を抜いた。チームも失セット1という圧倒的な強さを見せ優勝し、自身もMVPを獲得した。

1992年バルセロナ五輪に出場し、金メダルを獲得。キューバ黄金時代を迎える。

1995年にはVリーグのダイエーでプレーし、チーム優勝の原動力となった。

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