モモコクラブなどにも在籍していた状態でもその存在感で会員番号38番工藤静香としての活動をし、おバカキャラやヤンキーキャラでおニャン子クラブ内でも異質感がありその異質感がいいと当時言っていたファンが多かったですね。
1987年から同じおニャン子クラブメンバーの生稲晃子、斉藤満喜子と「“うしろ髪ひかれ隊」というユニットで活動開始します。
記憶としては当時のアニメ「ハイスクール!奇面組」の主題歌として歌われていたと言えばわかりやすいでしょうか。このユニットはおニャン子クラブが解散となった後も活動していて人気の高さを表していると思います。
このグループは既にソロ活動していた工藤静香がスケジュールの調整がつかなくなり解散宣言をなくして事実上の解散となり終了してしまいました。
ソロデビュー
奇しくも1987年の夕焼けニャンニャン最終回放送日にソロデビューとなった工藤静香を待っていたのはトップアイドルとしての忙しい時間でした。
この曲で歌番組の常連となった工藤静香ですが、この曲は音程を取るのが難しいのか同じメロディーのはずなのにずれてしまうということがありました。4週分の禁断のテレパシーを1本にして聞いてみたという番組を見た時に、こんなにもずれるものなのか?!と耳を疑った記憶があります。
時代というものはその時の流行を思い出させてくれるもので、この曲がヒットしたころはキャバクラ勤めのお姉さんたちがこそってヘアスタイルやメイクを真似していた頃で夜の繁華街は工藤静香によく似た格好のお姉さんたちが多く歩いていました。
特にボルドーカラーのリップやクラシカルカラーのファッション、オーガンジーを纏ったような服装、どれをとってもファッションの流行を作り出していたのは彼女です。しかもセルフコーディネイトでヘアメイクも自分だったとか。そのセンスの良さがのちの二科展などに出展した絵画やジュエリーなどに活かされているのだと思います。
セルフプロデュース力
工藤静香と言えばそのスリムなスタイルを思い浮かべる人も多いと思います。しかもそのスリムなスタイルにしか着こなせないドレスや衣装が多く憧れはするものの手は出せないといった女性も多いのではないでしょうか。