ジャンプするカモシカ
「ジャンプするカモシカ」こんなキャッチフレーズがつくのは足の長い浅野ゆう子くらいしかいないですよね。
浅野ゆう子
こんなナイスな女性が世にいたとしてもアイドルとしての需要は少ないというのが当時の常識で、アイドル歌手としてデビューするも歌手としての活躍の場は少なくなってしまいます。
「とびだせ初恋」
1973年4月7日から1974年3月30日まで放送されていた「歌う新人王決定戦」というオーディション番組で優勝したことが直接的な芸能界入りのきっかけとなっていますが、小さい頃から芸能界に興味がありその希望を母親も推していたとされています。
順調に歌手活動していくと思われていましたが記録的なヒットにつながるような曲に出会うことができず個人の歌手活動としては1985年の「NOMBRE NOIR〜抱かれるままに」を最後に、1997年に女優の田中美佐子と「Jelly beans」というユニット名でシングルをリリースして事実上終わっています。
「恋はダン・ダン」
浅野ゆう子 「恋はダン・ダン」 (1974年)|私のハートはストップモーション
デビューが歌手だと知らなかった世代はドラマの劇中で歌っている浅野ゆう子しか知らないのではないでしょうか。何を隠そう筆者もその一人でした。「女優さんってこんなに歌が上手なの?!」と真剣に思っていたくらいです。
アイドルとしての資質を問われ始めていた浅野ゆう子の映像で見ることの多いのが浅野ゆう子史上ヒットしたと言われている「セクシー・バス・ストップ」という曲です。
小柄で可愛らしいというアイドル路線に乗り切れてなかった浅野ゆう子が変化していったのはモデルや女優としての活動を始めたという大人への変化が見れるようになった時の歌っている姿がセクシー姉さんそのものです。
「サマーチャンピオン」
たけひろゴールドDIARY:サマーチャンピオン
男性の心をぎゅっと掴んだカモシカなのかもしれません。トレンディドラマで注目されるようになるまではそのスタイルを活かしモデルとしての仕事を始めました。
そして女優として開花する前に目を引くCMが放送されます。
セクシー姉さん登場
1979年に水着でカネボウ化粧品に出ます。そしてセクシー路線を確立したかのように水着を着たポスターやブロマイドが増えていきます。男性ファンがぐんと増えた時でもありましたね。