「アイドル」親衛隊時代。「松田聖子」さんと「SEC・松田聖子隊」の一体感・コミュニティ感はアイドル黄金期を象徴する伝説

「アイドル」親衛隊時代。「松田聖子」さんと「SEC・松田聖子隊」の一体感・コミュニティ感はアイドル黄金期を象徴する伝説

松田聖子さんと松田聖子隊の一体感・コミュニティ感はアイドル黄金期を象徴している素晴らしい伝説です。1970年代から80年代の人気アイドルは、熱狂的かつ活動的なアイドル親衛隊に支えられていました。当時のアイドルには、みな親衛隊がいましたが、いずれの親衛隊もアイドルをバックアップする使命感を持ち、気合の入った応援でサポートしていました。


『松田聖子親衛隊』=「SEC」(SEIKO Engaging Circle) 日本の歴史上最大規模のアイドル親衛隊

1970年代中盤。当時はまだまとまりがなく、全国キャンディーズ連盟(全キャン連)やジャパン・ピンク・レディー・サークル(JPC)等を筆頭に各アイドル歌手ごとに私設応援団的なグループがいくつも存在していた。

歌謡祭やコンサート会場でグループ同士の抗争が絶えず、これを見かねた石野真子親衛隊の柳一誠・(柏原芳恵)親衛隊柳茂樹・(倉田まり子) 初代親衛隊長 角 哲也が一部のリーダー達を纏める事により、横の繋がり『関東親衛隊連合』通称“連合”を旗揚げした。

アイドル歌手の応援・護衛を目的とし、(榊原郁恵)親衛隊長・小川則宏が初代連合長となり、これが俗に言うアイドル親衛隊が注目を集め初めた原点となる。

松田聖子隊は全連合の半数を占め、関東や関西だけでも500人を越す勢力を持ち、親衛隊の代名詞といえる存在であった。

「松田聖子」の親衛隊『松田聖子親衛隊・松田聖子隊』=「SEC」(SEIKO Engaging Circle)

『松田聖子親衛隊』=「SEC」(SEIKO Engaging Circle)は気合の入った応援でサポート!アイドルをバックアップする使命感。

1983年武道館コンサートの際には、北海道支部から九州支部まで全国の聖子隊が集結、アリーナ席から2階席のほとんどが親衛隊で埋め尽くされ、声援も親衛隊のコール一色、数千本の紙テープが舞い、2階席には各地方支部の横断幕が所狭しと並び、アイドル歌手全盛だった1980年代を象徴する光景だった。

松田聖子隊(松田聖子親衛隊)「キッス・ミー・プリーズ」

この頃は歌番組の公開生放送がいくつもあり、親衛隊の組織的応援活動はなくてはならないものとなっていた。

松田聖子親衛隊=SEC(SEIKO Engaging Circle)「ゴー S・E・I・K・O・せいこー フレッシュ・フレッシュ・フレッシュー」

倉田まり子隊 “M・F・C
石野真子隊 “M・L・C”(MAKO-LOVELY-CIRCLE)
松田聖子隊 “S・E・C”(SEIKO-ENGAGING-CIRCLE)
中森明菜隊 “A・P・S”(AKINA-PROMOTION-STAFF)
菊池桃子隊 “M・M・C”(MOMOKO-MAINTAIN-CIRCLE)
岡田有希子隊 “Y・H・A”(YUKIKO-HAPPINESS-ASSOCIATION)
中山美穂隊 “M・E・S”(MIHO-ENDLESS・SHINING-STAR)
南野陽子隊 “Y・E・C”(YOKO-ETERNAL-CINDERELLA)
松本伊代隊 “I・S・P”(IYO-SPIRITO-PARTNER)
ユニークな例として、堀ちえみ隊 “C・M・I”(CHIEMI-メチャンコ-命)や芳本美代子隊 “M・N・G”(MIYOKO-ナンジャモンジャ-軍団)などがある。

親衛隊名にはそれぞれセカンドネームがある。ウルトラシリーズなどの防衛隊名にちなんだもの。

こわもてのイカツイお兄さんからまじめそうな人まで多様な聖子ファンが一体化した雰囲気。アイドル黄金時代の象徴だ。

当時はアイドルイベントが多かった。デパートの屋上特設会場や生放送のアイドル番組や歌番組。親衛隊の活躍の場は多かった。

堀ちえみなどホリプロのアイドルは現場(アイドルイベント)が多かったと言う。逆に小泉今日子や中森明菜はイベントが少なかった。

渋谷東急東横店の屋上特設会場でのアイドルイベント

日本テレビの生放送のアイドル出演番組「TVジョッキー」で歌う中森明菜

「Perfume」も売れる前は、秋葉原での路上ライブなどの経験を積んだ。

親衛隊が足りなくなることもある。アイドル親衛隊のレンタルもあった。

アイドルイベントが多かった時代、親衛隊が足りなくなることもある。その場合、他の親衛隊に手伝ってもらうこともある。

関連する投稿


異例のロングヒット!後藤真希による話題の写真集「ramus」に新規特典カットが追加!!

異例のロングヒット!後藤真希による話題の写真集「ramus」に新規特典カットが追加!!

2021年に講談社より発売された後藤真希の写真集「ramus」に、電子版限定特典として新たな5カットを追加した「電子書籍限定カット付き!後藤真希写真集 ramus」が現在好評発売中となっています。


【1975年】花の中三トリオとピンク・レディーの間、50年前にデビューした女性アイドルは!?

【1975年】花の中三トリオとピンク・レディーの間、50年前にデビューした女性アイドルは!?

本稿執筆時の2025年から遡ること50年前、"花の中三トリオ" が "花の高二トリオ" になり、ピンク・レディーはまだデビュー前でした。そんな狭間の年にも、多くの女性アイドルが誕生していました。今も現役の歌手から、"◯◯の女王" と呼ばれるあの大女優まで、1975年デビューの女性アイドルを振り返ります。


【渡辺千秋】山本理沙並みの名バイプレーヤー!『スケバン刑事』の麻宮サキのライバルを快演した脇役ドラマアイドルとは!? 

【渡辺千秋】山本理沙並みの名バイプレーヤー!『スケバン刑事』の麻宮サキのライバルを快演した脇役ドラマアイドルとは!? 

83年に映画『あいつとララバイ』で芸能界デビューし、脇役ドラマアイドルとして様々なドラマに出演した渡辺千秋さん。『スケバン刑事』や『な・ま・い・き盛り』などドラマへの出演頻度が高く、『山本理沙』並みの名バイブレイヤーとしても知られているんです。今回の記事では、渡辺千秋さんの過去の活躍を振り返り、彼女の魅力や記憶に残る楽曲・ドラマをご紹介していきます。


【還暦アイドル!】花の82年組などかつてのアイドルが2025年に60歳に!

【還暦アイドル!】花の82年組などかつてのアイドルが2025年に60歳に!

1980年代のアイドル全盛期に活躍した女性アイドル、男性アイドルが、2025年に還暦を迎えます。特に、1965-1967年生まれがほとんどの「花の82年組」は正にその世代で、当時まだあどけなかったアイドルが続々と60代に突入します。「還暦アイドル!?」となる「1965年生まれ」の顔ぶれを見てみましょう。


13歳で「少女M」という名でヌードモデルとしてデビューした『田中みお』覚えてる?!

13歳で「少女M」という名でヌードモデルとしてデビューした『田中みお』覚えてる?!

1982年9月、通信販売のみの発売の写真集『ROMANCE Part2』で少女Mという特異な芸名でヌードモデルとしてデビューした田中みおさんを覚えているであろうか・・・。懐かしく思いまとめてみました。


最新の投稿


映画「気狂いピエロ」をフルで無料視聴できる動画配信サービスを比較!

映画「気狂いピエロ」をフルで無料視聴できる動画配信サービスを比較!

『気狂いピエロ』は、1965年のフランス・イタリア合作映画。監督はジャン=リュック・ゴダール。アンナ・カリーナ、ジャン=ポール・ベルモンドらが出演したこの作品を無料視聴できる動画配信サービスをご紹介します。


【水着の政治家】かつてグラビアで男性を悩殺!? 現在活躍する女性政治家たち!

【水着の政治家】かつてグラビアで男性を悩殺!? 現在活躍する女性政治家たち!

芸能人やスポーツ選手らが政治家になると、「タレント議員」と揶揄されることがありますが、同時に、"タレントとしての活躍" が再注目される良い機会にもなります。中には、かつてグラビアに登場し、きわどいショットで多くの男性を魅了した女性も!? 今回は、そんなグラビアで活躍した女性政治家6名をご紹介します。


【おニャン子クラブ】そんなメンバーいた?知る人ぞ知る!隠れた美少女おニャン子!

【おニャン子クラブ】そんなメンバーいた?知る人ぞ知る!隠れた美少女おニャン子!

おニャン子クラブには、在籍期間が短くほとんど活躍できなかったものの、知る人ぞ知る "美少女おニャン子" がいました。それも、強制的に脱退させられたおニャン子から、卒業後ヌードを披露したおニャン子まで様々です。今回は、筆者の独断と偏見で、4人の "隠れ美少女おニャン子" をご紹介します。


【還暦おニャン子!】おニャン子クラブの元メンバーが2025年に60歳に!

【還暦おニャン子!】おニャン子クラブの元メンバーが2025年に60歳に!

2025年、おニャン子クラブもついに還暦を迎える時代に入りました。おニャン子クラブの元メンバーは全員が昭和40年代生まれで、そのうち、2025年に最初に60歳となるのは昭和40年生まれ(1965年生まれ)の二人です。しかも、この二人には年齢以外の共通点もあります。さて、誰と誰でしょうか?


「ニューモモコ」グランプリに選ばれCM、グラビアで活躍した『古川恵実子』!!!

「ニューモモコ」グランプリに選ばれCM、グラビアで活躍した『古川恵実子』!!!

1992年にニューモモコグランプリに選ばれCM、グラビアで活動されていた古川恵実子さん。2010年3月頃まではラジオDJを担当されていましたが、以降メディアで見かけなくなりました。気になりまとめてみました。