今では孫もいる!?70年代~80年代のアイドル相本久美子の活躍と現在は?

今では孫もいる!?70年代~80年代のアイドル相本久美子の活躍と現在は?

1970年代にアイドルとしてデビューした相本久美子さん。可愛らしいルックスと明るいキャラクターで人気を集めました。その後は女優や司会者など多方面で活躍し、マルチタレントの先駆けのような存在でしたね。そんな相本久美子さんは現在は何をしているのでしょうか?そこで今回は相本久美子さんの活躍や現在についてご紹介します。


相本久美子のプロフィール

まずは相本久美子さんのプロフィールからご紹介します。
本名:倉内(旧姓・相本)久美子
生年月日:1958年5月27日
出身地:東京都港区
身長:160センチ
スリーサイズ:B80ーW59ーH85(1976年8月時点)

デビューのキッカケ:1973年9月1日に牧場ユミさん(1970年代前半に活躍した歌手)のサイン会場で、本人自らスカウトされたことで芸能界入りしました。
1974年9月21日にシングル「小さな抵抗」をリリースし、デビューします。
この時は近藤久美子という芸名を使っていました。

当時16歳だった相本久美子さん。
70年代ぽいヘアメイクが素敵です。

その後西城秀樹さんとの対談をきっかけに、芸映プロに移籍します。
そして1976年に芸名を本名の相本久美子に変更しました。

1976年6月から1981年まで「TVジョッキー」の2代目司会者を務めます

TVジョッキー懐かしいです。
みんなTVを観ていた時代ですね。
土居まさるさんの補佐兼マスコット的な存在として、お茶の間の人気者になりました。
特にミニスカートを履くことが多くスタイルの良さが際立っていたために、雑誌のグラビアを飾ることも多かったです。

歌手としてシングルを14枚発売しましたが、オリコンチャート10位以内にランクインした曲はなく、歌手よりも司会者などタレントとしてのイメージが強く印象に残っていますよね。

その後は女優として、火曜サスペンス劇場や土曜ワイド劇場などに多く出演しています。
1980年代火サスは人気ありましたよね。
サスペンスなのですが、エンディング曲が切なさを誘いました。

1980年代前半には、ぴったしカン・カンの準レギュラーとしても活躍しています。
スーパーJチャンネルでは、料理の裏技を担当するなど料理の腕前も披露していました。
まさに、1980年代のテレビに欠かせない存在でしたね。

その後の相本久美子

プライベートでは1987年に6歳年下のミュージシャン倉内充さんと結婚しています。
その翌年に長女が産まれ、育児に専念しました。
仕事のことなど考え方の相違から、結婚6年で離婚を選択しています。

鍵っこで育ったために、育児に専念したかった相本久美子さんですが、芸能界復帰の道は難しく…極端に仕事量が減ってしまいました。

ただ40歳直前だった1999年にチャンスが巡ってきます。
「しおり伝説~スター誕生~」という昼ドラマ主演の話が来たのでした。
連続ドラマ出演は、娘さんとの時間が減ってしまうことで迷いましたが、背中を押してくれたのは10歳になる娘さんだったそうです。

「ママ、やってみなよ」との言葉に勇気づけられ、チャレンジしました。
母娘の絆を感じるエピソードですね。

その後再婚はされていないようですが、シングルマザーとして育ててきた娘さんが24歳で結婚し、2人のお子さんが産まれたようですね。
ブログでチビ姫ちゃんと、公園に行ったことなど報告されているので、お孫さんとの触れ合いを大事にされていました。

お盆休み | 相本久美子オフィシャルブログ

また芸能活動は現在も、フリフリのドレスを着て、ライブを行っている相本久美子さんです。
60歳のときには還暦ライブも行っていました。
60歳を過ぎても、変わらず可愛らしい相本久美子さんです。

爽やかなお色気が漂う相本久美子さん。
お茶の間の人気者で、グラビアも人気があったのもわかります。

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