昭和の美しいハーフタレント・芸能人:ヒロコグレース・松尾ジーナ・高見エミリー・小山ルミ・キャロライン洋子ほか

昭和の美しいハーフタレント・芸能人:ヒロコグレース・松尾ジーナ・高見エミリー・小山ルミ・キャロライン洋子ほか

昭和を華やかに彩ってくれた懐かしいハーフ美人芸能人を振り返ってみましょう。ヒロコグレース・松尾ジーナ・高見エミリー・小山ルミ・キャロライン洋子・ホーン・ユキ・シェリー・ヘレン笹野・エルザ・ゴールデンハーフ・マリアン・石川セリ・山本リンダ・真理アンヌ・杉本エマ・恵とも子


シェリー(しぇりー、1957年10月17日 - )は、日本の歌手、タレントである。本名は安部玲子。

フランス人の父と日本人の母の子として誕生(いわゆる「フランス系のハーフ」)。東京都立代々木高等学校卒業。フランス人の父はシェリーが生まれて6カ月後にフランスで事故死をしており、母親が今の父に悪いからと実の父の写真を全部処分したため、「実の父がフランス人だったことを知らなかった。母が今の日本人の父と再婚だったことも知らなかった。」と語っている。

そのため、本人はその容ぼうにもかかわらず日本語しか話せず、大阪にいる現在は大阪弁を流ちょうに話す。その日本人の父も17歳の時亡くしている。

14歳で元祖「ハーフ美少女アイドル」としてデビュー、『an・an』(マガジンハウス)、『non-no』(集英社)のモデルを始める。1974年、篠山紀信撮影による『プレイガール』(集英社)の第2号の表紙で話題を呼び、その年、歌手デビュー。

『オズの魔法使い』で主演を果たして中高生を中心に人気を博す。このドラマは世界初の立体映像が売り物で本編中、2色のメガネをかけると立体に見えるシーンが数分間あるということで話題になった。その後『金曜10時!うわさのチャンネル!!』でマギー・ミネンコの後を継いでバラエティーアイドルという立場を確立、番組内で発した「ケツ見ろっ!」という言葉は流行語ともなった。

1983年、一歳年上のテニスコーチと結婚するも3年半で破局。妻のいる男性とダブル不倫となり、しかも妊娠5カ月での離婚ということで話題となるが、離婚を決意したときには妊娠していることが分からなかったからで、子供は夫の子としていた。

女児を出産する。「出産のために大阪に来たけど、居心地がいいので、そのまま住みついてしまった。」といい、87年に移住。以後、大阪でのテレビ局を中心に活動する。

不倫相手との間にできた男児を出産する。大阪松屋町にタコ焼きが食べられるスナック『TACO BAR たこのつぼ』を始める。その後、大阪ミナミでスナック『シェリーの店』を経営、東京でカラオケ・クラブを経営している元アイドルの伊藤咲子とは、関東と関西で出張する客を紹介し合ったりする仲であった。

母が脳梗塞で倒れ、母の介護と子供の養育費の捻出に追われるが、2012年7月、車を運転中、今度は自身が脳梗塞となり、事故は免れたが入院することになる。9月に退院するが後遺症のため店を閉めざるえなくなり、リハビリに専念する。

爆笑問題の太田光がかつてファンで、初めて会った芸能人でもあり、その太田のリクエストによって2014年5月23日放送の『爆報! THE フライデー』(TBS)で取り上げられる。ここで最初の子供も不倫の相手から授かったもので、夫の子ではなくマスコミには嘘を言ったと初告白した。

今は介護ヘルパーのライセンスを修得、兵庫県尼崎市の介護施設で働いている。
娘は『推定少女』のLissa。父親違いの妹が一人いる。巨人軍と競馬のファン、趣味は茶道、スキューバダイビング、スケート。胸の下に大きな副乳があり、NTV紅白歌のベストテンで披露した。
(出典:Wikipedia「シェリー (タレント)」)

フランス系のハーフタレント「シェリー」 元祖「ハーフ美少女アイドル」

フランス系のハーフタレント「シェリー」

元祖「ハーフ美少女アイドル」のシェリー

元祖「ハーフ美少女アイドル」のシェリー

ヘレン笹野

ヘレン笹野(へれん ささの、本名:ヘレン・ジーン・ミスリンスキー 1962年9月7日 - )は、元アイドル歌手・タレント・女優。アメリカ、ミシシッピー州出身。キティミュージックコーポレーション(後のキティエンタープライズ)所属。

父はポーランド系のアメリカ人、母が日本人。1979年6月、座間アメリカンハイスクール卒業。1981年3月、東芝EMIより「キュン!と片想い」で歌手デビュー。その活動は幅広く、グラビア、歌手、女優、司会とテレビ、ラジオ、雑誌、CM等で活躍した。

東芝のラジカセのテレビCMに出演して、自身の曲である「初恋同志」が使用されたことからも、期待された存在であった。他、「びっくり日本新記録」のアシスタント役の決まりごととして、優勝者の頬にキスする役目を果たしており、ドラマ、「青春INGS ゆう子とヘレン」では最後に毎回、共演者の斉藤とも子とのミニ英語講座があった。

日本では1984年以降、おもだった活動はしていないが1991年に行われた、「うる星やつら10th ANNIVERSARY・イン・武道館」でステージに立ち「心細いな」を歌った。その時すでに、米国テキサス州オースチンに在住していたもよう。現在は結婚してアメリカで生活しているが、地元にあるウォーターパークのテレビコマーシャルに出演しているのが確認された。現在もHelen Inghamとして、活動中である。
(出典:Wikipedia「ヘレン笹野」)

ヘレン笹野

ヘレン笹野・18歳

ヘレン笹野・18歳

ヘレン笹野の曲「心細いな(1982.04.01 東芝EMI)」フジテレビ系のアニメ「うる星やつら」のエンディングテーマ曲

ヘレン笹野

エルザ(本名:エリザベス・ゲドリック)

エルザ(1957年6月25日 - )は福岡県出身で1970年代に活動した歌手、モデル。本名はエリザベス・ゲドリック、父はポーランド系アメリカ人、母は日本人。

芸能事務所として新宿にゲドリック商会をもち、同事務所には三上寛、佐藤龍一、伊藤薫なども所属し、自前のレコード・レーベル“TOY BOX”もあった。
芸能界進出は音信不通となっていた父親を探すためであり、父親と連絡が取れ目標は達せられたと、述べていた。
(出典:Wikipedia「エルザ (歌手)」)

エルザ(本名:エリザベス・ゲドリック)

エルザ(本名:エリザベス・ゲドリック)

エルザ(本名:エリザベス・ゲドリック)

エルザのアルバム「Half & Half」(トリオ・レコード、1975年)

山猫の唄(作詞/作曲:末永明輝、編曲:荻原暁/萩田光雄)/「生きがい」(作詞/編曲:荻原暁、作曲/編曲:萩田光雄)(エレックレコード、1973年10月25日)

エルザ「山猫の唄」

メンバーの全員がハーフの女性アイドルグループ「ゴールデンハーフ」

ゴールデンハーフ(Golden Half)は、1970年代前半に活動したメンバーの全員がハーフの女性アイドルグループ。渡辺プロダクション所属。

1970年9月、スリー・キャッツの「黄色いさくらんぼ」をカバーしてデビュー。結成当時は5人だったが、すぐエリーが抜けて4人組に。4人時代が人気絶頂期だった。最終的には1973年の「アダムとイヴ」でメンバーのリーダーだった小林ユミが抜けて3人となり、翌1974年に「メロンの気持」を最後に解散。

エバ(エバ・マリア・バスケス、1953年12月10日 - )
スペイン人(父)と日本人(母)のハーフ。解散後は「ほほにかかる涙」(1975年・東芝レコード) でソロ・デビューしたが成功しなかった。その後はタレントとして『お笑いマンガ道場』『笑って笑って60分』『霊感ヤマカン第六感』などにレギュラー出演。元祖バラドル。

マリア(マリア・エリザベス、1955年4月30日 - )
札幌生まれ、アメリカ育ち。アメリカ人(父)と日本人(母)のハーフ。父は当時FBI職員だった。ゴールデンハーフ解散後、森マリアの芸名で女優として活動。90年代半頃に芸能界を引退。

ルナ(高村ルナ、1952年9月18日 - 2004年3月6日)
神戸市生まれ。ドイツ人(父)と日本人(母)のハーフ。ゴールデンハーフ解散後、本名の高村ルナで女優として活動。日活ロマンポルノ「修道女ルナの告白」「ルナの告白 私に群がった男たち」に主演。ソロとして高村ルナ名義で「天使の朝」(1975年・クラウンレコード) もリリース。2004年3月6日、癌のためホノルル市内の病院で死去。

ユミ(小林ユミ、1950年8月18日 - )
イタリア人(父)と日本人(母)のハーフと称していたが、後に自身が「両親とも日本人」と公表。ゴールデン・ハーフのリーダー。1973年春に脱退。
(出典:Wikipedia「ゴールデンハーフ」)

ゴールデンハーフ

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