エロ映画が量産された日本映画界の「ハレンチ・ブーム」の考察:「東映ポルノ」と「日活ロマンポルノ」から「ビニ本全盛期」「AV時代へ」

エロ映画が量産された日本映画界の「ハレンチ・ブーム」の考察:「東映ポルノ」と「日活ロマンポルノ」から「ビニ本全盛期」「AV時代へ」

1968年、石井輝男監督のエログロな東映ポルノ『徳川女系図』の大ヒット以降、大映、日活、松竹もヌード映画の製作を開始しました。エロ映画が量産され、日本映画界にセックス旋風が吹き荒れて「ハレンチ・ブーム」に沸きました。そして成人映画から人気女優もたくさん生まれました。日活ロマンポルノ史上もっとも美しい女優「高倉 美貴」や日活ロマンポルノのトップ女優「白川和子」、「警視庁のアイドル」とも呼ばれた「田中真理」、史上最年少のポルノ女優「山川レイカ」(当時16歳)など当時の人気女優も振り返ります。一般家庭にもVHSビデオデッキが普及し、巷にレンタルビデオ店が大量に出現し、低料金でレンタルできるようになった1980年代後半には、成人映画の劇場に足を運ぶ人は減る一方となりました。


表紙:モデル=山川レイカ/撮影=篠山紀信 日本フォトコンテスト 1974年6月号

1970年頃から1980年代は企業広告もエロ度合いが高まりました

三東ルシアの伝説のCM「TOTO ホーローバス」(1974年)

浅野ゆう子「資生堂アルバス」(1985年)

1980年代に陰部が透けて見えるビニ本がブームになる

小川恵子さんのビニ本は再販されまくり、似たような本が乱造。再販業者はビルが建つほど儲かったとか・・・

ビニ本の伝説的なアイドル「小川恵子」

薬師丸ひろ子に似ているとも言われた小川恵子

1980年代に薄い下着から透けて女性器・陰部がうっすらと見える写真が掲載されるようになり、一般新聞、TVでも大きく取り上げ一時期ブームとなった。 当時のビニ本はA4版52ページが主流で、裸体の女性が単独で大開脚などのポーズを取るスタイルのものが多かった。 モデル女性が着用した下着は当初、陰部がやや透けて見えるか見えないかの程度であったが、次第に下着の透明性が増していき、あるいは下着に代えて極薄のレース布を軽く被せて済ませたり、下着を着けずにパンティストッキングを直穿きさせたりするなど、陰毛と女性器がよく見えるようになっていった。 その後、男女の性交をテーマにしたビニ本も出版されたが、これは裏本の版に黒色の修正印刷が上書きされたものであり、裏本の表バージョンとでもいえるものであった。 こちらも当初はかなり広い範囲まで真っ黒の修正印刷がかかっていたが、やがて修正範囲がぎりぎりまで狭められるとともに薄い灰色の修正に変わっていき、男女性器の結合部分が透けてみえるようになっていった。このような内容の成人向け雑誌はビニール袋に入れて販売されるようになり、出版業界・小売業界ともに隆盛した。 小規模な書店や個人経営の書店で店の奥に成人コーナーを設け販売することが多かったが、最盛期には神保町などの一等地に店を構える学術書等を販売していた書店も、売上増のために成人向け雑誌をビニール袋に入れて販売するようになるなど売上を伸ばした。 1980年代後半にはコンビニエンスストアや大手書店でも販売されるようになったが、1990年代はいわゆる「有害図書」の排除気運が高まり、小売店の自主規制や1990年代後半の児童ポルノ法の成立により出版物への18歳未満のヌードの掲載は不可になった。 2000年代に入るとインターネットの普及により紙媒体の成人向け雑誌は数が減り、ビニ本という言葉は使われなくなった。ただしコンビニエンスストアや書店で販売する際にビニール袋に入れて(もしくは剥がしやすい粘着テープで綴じたり、紐で縛って)陳列するスタイルは今日でも残っている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%8B%E6%9C%AC

ビニ本 - Wikipedia

竹下ゆかりさん、沖田真子さんのビニ本は最高すぎました。1981年くらいから、ボカシがかなり薄くなり、1982年前後のビニ本は、特に極薄でしたね。丸見え。今では考えられません。

竹下ゆかりさんのビニ本

本屋に行くとアソコ丸見えの写真集が普通に売っていた。  ええええ! 日本ってこの間ヘアが解禁になったばかりじゃないの? その何年も前にアアアア、アソコが(笑)!  驚きました? そうなんです。80年からの4、5年の間ですが、神田の古本屋などへ行くと、ビニールに入ったアソコ丸見えの写真集が店頭にズラーッと並んでいたんですね。じゃ、それって裏本というんじゃないの? と思ったアナタ、説明を聞きなはれ。  確かに、丸見えという点では裏ビデオと同じように非合法なはずなのですが、ビニ本はよーく見るとモデルがスケスケのパンツをはいていたり、全裸の場合は透明のベールをかぶっていたり。同じ丸見えでもここが裏本と違うところで、当時の編集者や書店は「消しはある。ただ、それが限りなく無修正に近いだけ」といって、非合法の裏本とは異なると主張していたんですね。だからビニ本は本屋で売っていて、裏本は歌舞伎町などの怪しいショップに行かないと売っていなかったわけです。  でも、これって屁理屈ですよね(笑)。結局、お上の摘発を受けてあっという間に姿を消してしまったのですが、それでも数年間、日本が性器解禁国になっていたのは特筆すべきことです。

http://news.livedoor.com/article/detail/4243656/

ビニ本全盛期、B5判64ページのロマン! - ライブドアニュース

1980年代後半には、成人映画の劇場に足を運ぶ人は減る一方、AV界は1985-1988年頃に大きく売り上げを伸ばし、AV黄金時代と言われた

AV普及の功労者のAVアイドル女優「小林ひとみ」

1986年5月に、松本かおりの芸名で『ときめき・かおり19歳』というタイトルの写真集とイメージビデオを同時発売し芸能界デビュー。

さらに同月、芸名を小林ひとみに変えて、『禁じられた関係』でアダルトビデオにデビュー。(ビデオデビュー直前の時期に、群馬テレビでのアダルト系番組に出演した事もあり、番組内では上半身のヌードも披露した事もある。)

アダルト出演の絶頂期作品として、本格的海外ロケ(ロンドン)で制作された「小林ひとみ イン ロンドン」の三部作がある。
(出典:Wikipedia「小林ひとみ」)

AV普及の功労者のAVアイドル女優「小林ひとみ」

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葉山レイコの唯一のアダルトビデオ作品「処女宮 うぶ毛のヴィーナス」(1988年9月24日)が大ヒット

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