ゴールデン・アロー賞「グラフ賞」の歴代アイドル・女優・グラビアアイドル(1967年から1989年)

ゴールデン・アロー賞「グラフ賞」の歴代アイドル・女優・グラビアアイドル(1967年から1989年)

社団法人日本雑誌協会雑誌芸能記者クラブ主催の「ゴールデン・アロー賞」には、日本雑誌写真記者会が選考する「グラフ賞」という賞があり、その年度で最も雑誌のグラビアを飾り話題を提供した被写体が受賞者に選出されます。「グラフ賞」の歴代フォトジェニック・グラビアアイドルたちは、当時のグラビアを賑わせた人気アイドル・女優・グラビアアイドルの歴史(40年)そのものです。まずは、1967年から1989年までの前半のまとめです。1990年から2007年の後半に続きます。


辺見マリ

1971年度(第9回):池玲子

池 玲子(いけ れいこ、1953年5月25日 - )は、日本の女優。東京都出身。本名:池田 玲子。東映ポルノの主演女優の一人である。

1971年『温泉みみず芸者』で映画主演デビュー。きっかけは、東映の天尾完次と鈴木則文が週刊誌のグラビアで池を見つけたことからである。当時の池は16歳だったので、天尾と鈴木は池に「(本当の年齢がバレないよう)干支を聞かれたときは間違いないこと」と念押しをしてデビューさせた。

バスト90cmのグラマラスな肢体で、『女番長』シリーズなどに主演し、1971年のゴールデン・アロー賞グラフ賞を受賞。天尾は池を売り出すのに「ポルノ」という言葉を使ったらどうかと鈴木に提案し、デビュー作のポスターにはこの言葉が使われている。
(出典:Wikipedia「池玲子」)

1971年度(第9回):池玲子

池玲子の主演映画「女番長ブルース 牝蜂の逆襲」(1971年、東映)

1972年度(第10回):山本リンダ

山本 リンダ(やまもと リンダ、1951年3月4日[1] - )は、日本の歌手、タレントである。本名、稲葉 あつ子(いなば あつこ)。旧姓、山本(やまもと)。

『こまっちゃうナ』『どうにもとまらない』『狙いうち』などのヒット曲で知られる。身長168cm。リンダ・ミュージック・オフィス(自らの個人事務所)所属。「リンダ」という芸名は、アメリカ人の父親に生前付けられた愛称である。

『仮面ライダー』

同年7月から同年12月まで東映制作の『仮面ライダー』(毎日放送)に出演した(劇中に「困っちゃうナ」のセリフが出てくるシーンがある)。

同作のプロデューサー阿部征司は「山本は事務所移籍前で歌の仕事を控えていたため、すぐに出演OKをもらえた」と語っている。
『仮面ライダー』の北海道ロケでは、宿泊先のホテルの歓迎看板に「山本リンダ御一行様」と書かれたこともあったという。

この時期の『仮面ライダー』はまだ一般的な知名度が低かったため、ホテル側が「リンダの名を出した方が宣伝になる」と考えた結果だったようであるが、リンダ本人は道義を欠いたこの行為に「他のみなさん方に失礼です!」と激怒し、即座に看板を「仮面ライダー御一行様」に訂正させたという。主演の佐々木剛も「事前に言ってくれれば自分も喜んで宣伝に協力したのに」と、勝手にリンダの名前が使われたことに苦言を呈している。

夏を迎えて『仮面ライダー』は大ヒットし、高視聴率を獲得。リンダの認知度は、子供達のみならずお茶の間全体で上昇した。当時、山本は孤独感が強かったらしく、『仮面ライダー』での出演者やアクションチーム(大野剣友会)が「撮影の合間に鬼ごっことかかくれんぼをして遊んでくれたのが、とても楽しかった」と述懐している。

1972年(昭和47年)、キャニオンレコード移籍第2弾目のシングルレコードとして、当時の売れっ子作詞家・作曲家であった阿久悠・都倉俊一のコンビによる「どうにもとまらない」を発表。

セクシーな大人の歌手にイメージチェンジして発表した同曲は大ヒットとなり、再びヒット歌手として脚光を浴びた山本は「アクション歌謡」の先駆けとなった。

当時前例のなかったへそを出して歌う大胆な衣装、情熱的で激しいダンス、扇情的な歌詞の内容などが話題になり、「こまっちゃうナ」時代を上回る人気を獲得。

「へそだしルック」の第1号となる。同年、第14回日本レコード大賞作曲賞、第3回日本歌謡大賞放送音楽賞、有線放送大賞夜の有線大賞を受賞。また第23回NHK紅白歌合戦にも5年ぶりにカムバックした。

1973年(昭和48年)には「狙いうち」が大ヒット。この年、第10回ゴールデン・アロー賞グラフ賞、キャニオンレコードヒット賞を受賞。第24回NHK紅白歌合戦にも出場する。

セクシーな激しい歌と踊りで人気を獲得し、後のピンク・レディーに先駆けて「アクション歌謡」を全国に定着させた。『狙いうち』というタイトルが「ボールをヒットさせる」ことを想起されることから、東京六大学野球の明治大学応援団は、作詞者の阿久悠が明治大学OBであったこともあり、同曲を「チャンステーマ」として導入した。それが甲子園にも伝播し、以後は高校野球の応援歌の定番となり、また中日ドラゴンズの応援(得点のチャンスを迎えた時)でも使われている。

1974年にも「闇夜にドッキリ」で第25回NHK紅白歌合戦に出場し、紅白歌合戦には3年連続で出場を果たした。その他にも「狂わせたいの」「じんじんさせて」「燃えつきそう」「きりきり舞い」といったヒット曲を連発する。
(出典:Wikipedia「山本リンダ」)

1972年度(第10回):山本リンダ

「どうにもとまらない」は、1972年6月にリリースされた日本の歌手・山本リンダのシングルである。

この曲では、これまでの路線を一新し、へそだしルック、過激な振り付けなどを披露して、アクション歌謡の先駆けとされている。

この曲はまず都倉俊一による曲の方が先に完成し、このメロディーに合わせながら作詞した阿久悠は、最初この曲に『恋のカーニバル』というタイトルを付けたが、『どうにもとまらない』に改められた。後に阿久は「タイトルが『恋のカーニバル』だったら、この曲の運命は全く違っていただろう」と述懐している(阿久自身の著書『歌謡曲の時代 歌もよう人もよう』(新潮社、2004年)の中でも述べている)。

オリコン集計では、累計で30万枚を突破した山本最大のヒット作である(レコード売り上げは40万枚[2]を売り上げた)。
1966年に「こまっちゃうナ」でデビューして以来、山本の人気は低迷していたが、この曲のヒットでデビュー当時を上回るヒットとなった。

この曲で1972年の第14回日本レコード大賞作曲賞、日本歌謡大賞放送音楽賞を受賞し、1972年の『第23回NHK紅白歌合戦』に出場した(これは、「こまっちゃうナ」で1967年の第18回に出場して以来)。また、1991年の『第42回NHK紅白歌合戦』で同じく山本のヒット曲である「狙いうち」と共に披露した。

この曲のヒットによる影響は新聞の見出しなどでそのフレーズが流行し、当時の内閣総理大臣・田中角栄の日本列島改造論によって、1971年のドルショックから一転して地方の地価、株価が高騰したことで、地価や株価について「どうにもとまらない」と書き立てられたほどだった。
(出典:Wikipedia「どうにもとまらない」)

山本リンダの楽曲「どうにもとまらない」(1972年6月)

1973年度(第11回):由美かおる

由美 かおる(ゆみ かおる、1950年11月12日 - )は、日本の女優。本名:西辻 由美子(にしつじ ゆみこ)。

京都府京都市生まれ、6歳から兵庫県川西市で育つ。血液型B型。身長157cm。体重44kg。スリーサイズはB86cm W58cm H86cm。 本人によると、スリーサイズはデビュー当時(15歳)から現在までほぼ変わっていないという。私立梅花高校中退。

1962年「西野バレエ団」に入団し、1965年『サンデー志ん朝』、1966年『11PM』に出演、抜群のプロポーションと愛らしい風貌と網タイツ姿で人気を集める。1967年、音楽番組『レ・ガールズ』(日本テレビ)で、金井克子や奈美悦子らと共演し、ミニスカート姿でマリリン・モンローのレパートリー等を歌って踊るシーンが話題を呼んだ。

歌手としては、1967年からのクラウンレコードを皮切りに、フィリップス・レコード、ミノルフォン、コロムビア・レコードと転籍する中で、『レモンとメロン』『炎の女』『しなの川』(後述する同名映画の主題歌)『別れる前に』『ちぎれ雲』などを発表する。
(出典:Wikipedia「由美かおる」)

1973年度(第11回):由美かおる

1974年度(第12回):西城秀樹

西城 秀樹(さいじょう ひでき、1955年4月13日 - )は、日本の歌手、俳優。本名は木本 龍雄(きもと たつお)。広島県広島市出身。アースコーポレーション所属。身長181cm。血液型はAB型。既婚。

1972年3月25日、ビクター音楽産業(RCA)よりシングル「恋する季節」で歌手デビュー。キャッチフレーズは「ワイルドな17歳」。片仮名の「ヒデキ」が愛称となる。
(出典:Wikipedia「西城秀樹」)

1974年度(第12回):西城秀樹

1975年度(第13回):岡田奈々

関連する投稿


【水着の政治家】かつてグラビアで男性を悩殺!? 現在活躍する女性政治家たち!

【水着の政治家】かつてグラビアで男性を悩殺!? 現在活躍する女性政治家たち!

芸能人やスポーツ選手らが政治家になると、「タレント議員」と揶揄されることがありますが、同時に、"タレントとしての活躍" が再注目される良い機会にもなります。中には、かつてグラビアに登場し、きわどいショットで多くの男性を魅了した女性も!? 今回は、そんなグラビアで活躍した女性政治家6名をご紹介します。


【水着の演歌歌手】着物の前は水着だった!? グラビアに登場していた女性演歌歌手たち!

【水着の演歌歌手】着物の前は水着だった!? グラビアに登場していた女性演歌歌手たち!

演歌と水着・・・一見すると全く接点のない水と油のような関係に思えますが、実は、水着姿を披露した経験を持つ女性演歌歌手は何人か存在します。中には、男性向け週刊誌のグラビアで大胆なビキニ姿を披露した歌手も!? 今回は、水着姿を公開したことのある5人の女性演歌歌手をご紹介します。


【徹底解説】広末涼子のブレイク・スキャンダル・逮捕まで|“清純派”の光と闇

【徹底解説】広末涼子のブレイク・スキャンダル・逮捕まで|“清純派”の光と闇

広末涼子の生い立ちから芸能界デビュー、奇行、でき婚、逮捕までを詳しく解説。同世代女優との比較やキャリアの転落の真相に迫ります。


異例のロングヒット!後藤真希による話題の写真集「ramus」に新規特典カットが追加!!

異例のロングヒット!後藤真希による話題の写真集「ramus」に新規特典カットが追加!!

2021年に講談社より発売された後藤真希の写真集「ramus」に、電子版限定特典として新たな5カットを追加した「電子書籍限定カット付き!後藤真希写真集 ramus」が現在好評発売中となっています。


南青山少女歌劇団6期生でグラビアアイドルの他・タレント・声優としても活躍した『桜井ひな』現在は?!

南青山少女歌劇団6期生でグラビアアイドルの他・タレント・声優としても活躍した『桜井ひな』現在は?!

1990年代後半に南青山少女歌劇団6期生として入団されグラビアアイドル、女優、タレント、声優としても活躍した桜井ひなさん。懐かしく思いまとめてみました。


最新の投稿


映画「気狂いピエロ」をフルで無料視聴できる動画配信サービスを比較!

映画「気狂いピエロ」をフルで無料視聴できる動画配信サービスを比較!

『気狂いピエロ』は、1965年のフランス・イタリア合作映画。監督はジャン=リュック・ゴダール。アンナ・カリーナ、ジャン=ポール・ベルモンドらが出演したこの作品を無料視聴できる動画配信サービスをご紹介します。


【水着の政治家】かつてグラビアで男性を悩殺!? 現在活躍する女性政治家たち!

【水着の政治家】かつてグラビアで男性を悩殺!? 現在活躍する女性政治家たち!

芸能人やスポーツ選手らが政治家になると、「タレント議員」と揶揄されることがありますが、同時に、"タレントとしての活躍" が再注目される良い機会にもなります。中には、かつてグラビアに登場し、きわどいショットで多くの男性を魅了した女性も!? 今回は、そんなグラビアで活躍した女性政治家6名をご紹介します。


【おニャン子クラブ】そんなメンバーいた?知る人ぞ知る!隠れた美少女おニャン子!

【おニャン子クラブ】そんなメンバーいた?知る人ぞ知る!隠れた美少女おニャン子!

おニャン子クラブには、在籍期間が短くほとんど活躍できなかったものの、知る人ぞ知る "美少女おニャン子" がいました。それも、強制的に脱退させられたおニャン子から、卒業後ヌードを披露したおニャン子まで様々です。今回は、筆者の独断と偏見で、4人の "隠れ美少女おニャン子" をご紹介します。


【還暦おニャン子!】おニャン子クラブの元メンバーが2025年に60歳に!

【還暦おニャン子!】おニャン子クラブの元メンバーが2025年に60歳に!

2025年、おニャン子クラブもついに還暦を迎える時代に入りました。おニャン子クラブの元メンバーは全員が昭和40年代生まれで、そのうち、2025年に最初に60歳となるのは昭和40年生まれ(1965年生まれ)の二人です。しかも、この二人には年齢以外の共通点もあります。さて、誰と誰でしょうか?


「ニューモモコ」グランプリに選ばれCM、グラビアで活躍した『古川恵実子』!!!

「ニューモモコ」グランプリに選ばれCM、グラビアで活躍した『古川恵実子』!!!

1992年にニューモモコグランプリに選ばれCM、グラビアで活動されていた古川恵実子さん。2010年3月頃まではラジオDJを担当されていましたが、以降メディアで見かけなくなりました。気になりまとめてみました。