「山口百恵」が誕生した日
山口百恵が誕生した日はモンスター番組だった「スター誕生!」での公開オーディション。
あの日、すでに活躍していた森昌子のようになりたいと意を決し1972年に番組出演する。牧葉ユミの「回転木馬」を歌い準優勝となった。20社から指名を受け芸能人山口百恵が誕生する。
この「スター誕生!」という番組からはたくさんの歌手や俳優が排出させれています。
伝説のオーディション番組「スター誕生!」
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視聴者参加型番組のスター誕生!は1971年10月3日 から1983年9月25日まで12年間にわたって放送されていました。このマンモス番組のスタ誕歴代司会者は1971年10月3日から1980年4月6日まで萩本欽一、 1980年4月13日から1981年4月5日まで谷隼人とタモリの2人。 1981年4月12日から1982年1月3日まで坂本九と石野真子。 1982年1月10日からラストの1983年9月25日までは横山やすし、西川きよしでした。
スタ誕初代司会者の萩本欽一さん
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審査員もそうそうたるメンバーで阿久悠や中村泰士、都倉俊一や三木たかしなど今でも有名な作詞家や作曲家が審査をするのでオーディションを受ける人も緊張のあまり、いつもの調子が出ないまま不本意の成果で敗退していった人も多くいます。
そんな中、本当にたくさんの芸能人をデビューさせたスタ誕のオーディションを受け有名人となった人を少し紹介してみたいと思いますが、歌手としてデビューしてから俳優へと転身した人などや、えっ?んな人も?!なんて人もいるので見てみましょう。
中三トリオの山口百恵、森昌子、桜田淳子
「イルカにのった少年」で有名になった城みちるや「ひまわり娘」の伊藤咲子、2時間ドラマの女王にと呼ばれている片平なぎさ、メガヒットをただき出しまくったピンク・レディー、後の司会者としてこの番組に関わる石野真子、80年代のアイドル史を作る柏原芳恵や小泉今日子、中森明菜、岡田有希子など他にもバラエティーアイドルとなった松本明子などもこの番組の出身者です。他にもたくさんの人たちがこの番組に出てアイドルとなったりしています。
また、オーディションでは指名されなかったためこの番組がきっかけにならなかったけどのちにデビューしている有名人もいます。
マンガ家の内田春菊、声優の佐久間レイ、闘病の末この世を去った本田美奈子、カバーのキング徳永英明、俳優としての活躍中の柳葉敏郎などもいます。
山口百恵デビュー曲「としごろ」
こうしてスタ誕のオーディションを受け20社からの指名を受けた横須賀在住の少女は1973年に映画「としごろ」で女優としてスクリーンデビューし同名のレコードを発売して歌手「山口百恵」として誕生しました。
アイドル「山口百恵」
2枚目のシングル「青い果実」
イメージチェンジをした結果、トップアイドルとして不動の地位を築く山口百恵。清純で純朴そうな少女が大人も驚くような歌詞の歌を歌うというこの聞いていていいのかすら戸惑ってしまうようなイメージが大当たりしました。
山口百恵の人気は瞬く間に大きくなりドラマや映画でもさらに活躍します。
1974年に公開された映画「伊豆の踊子」は初主演となる記念すべき映画で後の夫となる俳優の三浦友和と共演した映画です。夫の三浦友和との初共演はグリコプリッツのCMでした。当時はすがすがしい三浦友和と初々しい山口百恵が楽し気にデートをしている感じが素敵だと思ったものです。