皆さんは女優「宮沢りえ」をどう思っていますか?イメージ的にというか印象的にでもいいのですが、お騒がせ女優としてのイメージの人もいるでしょう。または激ヤセした女優と思っている人も。どれも宮沢りえでありどれをなくしても宮沢りえではなくなってしまう宮沢りえを作り上げている要素のひとつです。
今回は女優「宮沢りえ」のデビュー当時から現在の姿まで紹介できるぎりぎりまで追求してみたいと思います。懐かしい画像やきわどい画像などもあると思いますが宮沢りえファンとして彼女を知るためのステップだと思って振り返ってみてください。
宮沢りえのデビュー当時
11歳からモデルとして活動をしている宮沢りえに表紙モデルとして活躍させたのが「週刊セブンティーン」というティーン雑誌で、ポップティーンと同様に人気の高い雑誌でした。
週刊セブンティーンの表紙
「宮沢りえ デビュー」の検索結果 - Yahoo!検索(画像)
ですがこの雑誌で人気があっても世間的には雑誌モデルとしての宮沢りえの需要は少なかったと言えるでしょう。
そんな彼女の生活を一変させた出来事と言えばCM『三井のリハウス』の初代リハウスガール“白鳥麗子”役での宮沢りえでしょう。映画や歌手としての活躍もあのCMからスタートしたと言っても過言ではありません。
あちらこちらのバラエティー番組で見かけるようになり彼女のキャラクターが受け入れられた瞬間でもありました。
映画「ぼくらの七日間戦争」でのワンシーン
映画 「ぼくらの七日間戦争」 1980年代画像掲示板 明和水産
15歳の宮沢りえがどれほどの期待をされていたかが当時の仕事ぶりを見るとよくわかります。同年にテレビドラマ「追いかけたいの!」にも出ていたりCMも何本か出ていたりしています。
懐かCMは不二家 「キットカット」での宮沢りえではないでしょうか。
始めの頃では国民的美少女と言われていたゴクミこと後藤久美子と共演しています。
デビュー当時は何にも躓くことなくスターへ階段を上っていった感じがします。
歌手としての宮沢りえ
歌手として小室哲哉にプロデュースされデビューします。まさに美少女系女優で売れている時だったので乗りに乗りまくっていた時だと言えるでしょう。
デビュー曲「ドリームラッシュ」
イメージ0 - 宮沢りえの画像 - どうなっつ盤倉庫 - Yahoo!ブログ
2枚目のシングルも小室哲哉プロデュースの曲で「NO TITLIST」。宮沢りえが主演のドラマ「いつも誰かに恋してるッ」の主題歌として歌っています。
セカンドシングル「NO TITLIST」
NO TITLIST/宮沢りえ: アイドルポップスレビュー『夢は眠らない』