離婚ホヤホヤ女優【宮沢りえ】の魅力

離婚ホヤホヤ女優【宮沢りえ】の魅力

女優として活躍している宮沢りえの懐かしい映像や画像をみて当時を懐かしもう!


ドラマ「いつか誰かと朝帰りッ」の主題歌として使われていました。デヴィッド・ボウイ「Fame」のカバーでこの曲でNHK紅白歌合戦に出場しています。

3枚目シングル「GAME」

GAME / 宮沢りえ - YouTube

この曲以降は独特のセンスで好みがはっきりしているのでアイドル路線からは離脱したと言っていいと思います。
シングルは7曲、アルバムは6枚リリースして終了としているようです。

写真集の中の宮沢りえ

宮沢りえは今までに6冊の写真集を発売しています。一番有名なのは篠山紀信が撮影したヌード写真集ですね。

それ以外の写真集も含め6冊の写真集を振り返ってみましょう。

ファースト写真集「Pour Amitie」
1989年に刊行された宮沢りえの記念すべき最初の写真集です。

「Pour Amitie」

1989年に野村誠一氏の撮影で発売された写真集は15歳の宮沢りえを思う存分楽しめる内容になっているようで、はち切れんばかりの笑顔で映っている宮沢りえの魅力が余すところなく刻まれている一冊になっていると思います。

ファースト写真集「Pour Amitie」と同年に発売された写真集です。

セカンド写真集「Quelle Surprise」

宮沢りえ写真集「Quelle Surprise」-【楽天オークション】

1989年に写真家、野村誠一氏の手によって撮影された2枚目の写真集は1枚目の写真集と同様に宮沢りえの魅力に迫った写真集となっています。

写真集という形で発売されたこの写真集は異例な形でした。

サード写真集「FRAGILE」

テレビのまわし者 - ★[女優]宮沢りえ、みやざわ りえ

「FRAGILE Rie Miyazawa talking about her sex」とされていたように宮沢りえがセックスについて語っている内容が記載された状態の写真集として発売され、当時のアイドルが触れてはならない話題について触れていると話題になりました。

宮沢りえと言えばこの写真集を思い出す人が多くいると思います。155万部のベストセラーとなったこの写真集の記録は今も破られてはいません。

4枚目の写真集「Santa Fe」

宮沢りえ「Santa Fe」 | 毒女ニュース

1991年に発売されたこの写真集は旬の女優、宮沢りえのヌード写真集として有名な写真集です。撮影者は篠山紀信。当時、マネージャーとして仕事決めを現場を共にしていた宮沢りえの母親(りえママ)が篠山紀信の申し出を快諾したことからこの写真集ができるきっかけとなりました。

18歳になったとされていた宮沢りえの年齢が撮影時は17歳だったということが判明しているようで写真家の篠山紀信も宮沢りえの環境(処女など)に合わせて聖なる場所で撮影したと言われています。その場所が写真集の名前にもなっているサンタフェでした。

1991年に発売された4枚目の写真集「Santa Fe」を再編集した写真集です。

5枚目の写真集「Santa Fe New Edition」

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芸術性のある写真集をポルノというか否かで物議を醸しだした2009年に国会で例として取り上げられた写真集が「Santa Fe」だったため「Santa Fe New Edition」も「Santa Fe」ほどの威力はなかったものの人気のあった写真集でした。しかし発行部数は少なくすぐに絶版となってしまったためマニアにはお宝的な存在だとか・・・。

2005年に発売されたこの写真集が現行での最後となっている写真集です。伊藤佐智子×宮沢りえという形で新しい宮沢りえを見ることができます。

6枚目写真集「STYLE BOOK」

写真集という形で宮沢りえをいろんな角度から見ることができました。最近ではすっかり女優としての顔が強くなっている彼女ですが素の宮沢りえを見れた感じでしたね。

女優としての宮沢りえ

宮沢りえと言えばどんな作品を思い出しますか?大河ドラマや時代劇の映画などで見る宮沢りえの演技力や魅力に迫ってみたいと思います。

宮沢りえのデビュー当時で紹介した映画「ぼくらの七日間戦争」で主演を果たしてから様々な役に挑んできたと思われる宮沢りえの主な作品を振り返ってみましょう。

山田洋二監督の「たそがれ清兵衛」は2002年に公開された映画です。
井口清兵衛の妻という役どころでした。

「たそがれ清兵衛」

いまさら山田洋次監督の「時代劇三部作」 | 日々これコットン・ヘルメット

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