70年代に活躍したアイドル・女優の歴史(デビュー時1965年から1979年)70名

70年代に活躍したアイドル・女優の歴史(デビュー時1965年から1979年)70名

1970年代に活躍したアイドルや女優(歌手もしくは女優デビュー時1965年から1979年)70名の懐かしい70年代の世界観をどっぷり満喫できるまとめです。70年代に活躍した美女たちの思い出が蘇ります!


木之内みどり

太田裕美

太田 裕美(おおた ひろみ、1955年1月20日 - )は、日本のシンガーソングライター。 本名は福岡 弘美(ふくおか ひろみ、旧姓:太田)。東京都荒川区生まれ、埼玉県春日部市育ち。血液型はA型。夫は音楽プロデューサーの福岡智彦、2男あり。

1967年4月、上野学園中学校音楽指導科声楽科入学。
1969年、中学3年の時に友人の代わりにスクールメイツのオーディションを受け、合格する。受験理由は、大好きなザ・タイガースのジュリー(沢田研二)に会えるかもしれないと思ったため。 これにより渡辺プロの東京音楽学院に入ることとなった。同期生には、伊藤蘭・田中好子(後のキャンディーズ)らがいた。

1972年(高校3年)の11月、NHKのテレビ番組『ステージ101』のレギュラーグループ「ヤング101」のオーディションを受け、「ショパンのワルツ」をひいて合格する。1973年1月から番組終了の1974年3月まで、ヤング101の一員として『ステージ101』に出演。同期メンバーには谷山浩子がいた。ヤング101の途中から、芸名を本名の弘美から「裕美」へと変更した。

1973年12月、NETテレビのオーディション番組『あなたならOK!』に出て優勝。渡辺プロと新人養成契約を結び、西銀座のライブハウス「メイツ」でピアノ弾き語りで歌い始める。

1974年11月1日に「雨だれ/白い季節」でデビュー。キャッチフレーズは「まごころ弾き語り」。デビュー初期はフォーク調で、ピアノ弾き語りの曲が多かった。1975年、日本レコード大賞、日本歌謡大賞等で新人賞を受賞。

1975年12月に3作目のアルバム『心が風邪をひいた日』からシングルカットされた「木綿のハンカチーフ」が大ヒット、翌1976年のオリコンチャート4位を記録(1位は子門真人「およげ!たいやきくん」)。なお、NHK紅白歌合戦には初登場の1976年から1980年まで、5年連続で出場。
(出典:wikipedia/太田裕美)

太田 裕美

林寛子(歌手デビューの年1974年。1967年、7歳の時にNHK連続テレビ小説『旅路』で子役としてデビュー。)

林寛子

1974年 - シングル「ほほえみ」でキャニオンレコードから歌手デビューし、人気アイドルに。アイドル時代の愛称は『カンコ』。名付け親は吉永小百合である。早稲田大学と慶應義塾大学の両方にファンクラブができて話題になった。

「ほほえみ」(1974年)で歌手デビューした林寛子

「がんばれ!レッドビッキーズ」(1978年)江咲令子(監督):林寛子

可愛いすぎる!70年代の林 寛子 - Middle Edge(ミドルエッジ)

1976年 花王 エッセンシャルシャンプー 【林寛子】

林寛子

相本久美子

相本 久美子(あいもと くみこ、1958年5月27日 - )は日本の女優、タレント、アイドル。本名、倉内 久美子(くらうち くみこ)。旧姓、相本。血液型はB型。身長160cm。
東京都港区出身。所属事務所はスペースプロ→芸映プロダクション、歌手活動当時のレコード会社はCBSソニー→東芝EMI。

1958年5月27日誕生。中学3年在学中の1973年9月1日、牧葉ユミのサイン会場に於いて牧葉本人から直接スカウトされ、1974年9月21日、「近藤久美子」の芸名とシングル『小さな抵抗』で歌手デビューする。

1975年、雑誌の企画で西城秀樹と共演したことがきっかけで芸映プロに移籍する(相本によれば複数の新人歌手と西城との連載企画だったが、取材終了後、西城が芸映に彼女の移籍を推薦したという)。翌1976年に本名の相本に改名、以降、歌・ドラマ・司会・雑誌のグラビアと多方面で活躍し、マルチタレントの先駆け的な存在となった。
代表的な仕事としては1976年から1981年まで務めた『TVジョッキー』の司会が挙げられる。
(出典:wikipedia)

相本久美子

相本久美子

相本久美子

相本久美子

松本ちえこ

松本 ちえこ(まつもと ちえこ、1959年11月12日 - )は日本のタレント、女優。本名は松本 千枝子。東京都出身。中延学園高等学校卒業。血液型O型。身長160cm。B84cm、W61cm、H88cm。音楽レーベルはポニー・キャニオン。

1974年、アイドル歌手としてシングル『ボーイフレンド』でデビューした。しかしデビュー当時は平凡や明星などの白黒ページに取り上げられることはあっても、かなりパッとしない存在で、本人も事務所もアイドルとしての成功はあきらめていたらしい。

2曲目の「まぶしい彼」から1年あまりブランクがあったのはそのため。その間の活動は不明だが、1976年、資生堂バスボンのCMでブレイク、活動を再開する。
1976年発売のシングル『恋人試験』は歌詞が話題になった。
(出典:wikipedia)

松本ちえこ

早乙女愛

早乙女 愛(さおとめ あい、1958年12月29日 - 2010年7月20日)は、日本の女優である。身長163cm。

1974年(昭和49年)、漫画雑誌『週刊少年マガジン』に連載されていた、梶原一騎原作の漫画 『愛と誠』が映画化されるにあたり、主人公・太賀誠を演じる西城秀樹の相手役が公募された。

中学を卒業した春休みに「タダで東京へ行けて、西城秀樹さんにも会える」という動機で、友人と共に応募し、4万人の中から選出され、松竹と専属契約。同年、映画での役名と同じ「早乙女 愛」の芸名で映画デビューした。

同作で脚光を浴び、1日に400通ものファンレターが殺到するほどの人気となった。映画もシリーズ化されたことでその多忙が影響し、鹿児島県立高山高等学校に入学は決まっていたが、入学式だけ行って高校は1年留年した。『愛と誠』が三部作となったため、夏と冬の休みに上京し撮影、4年かけて高校を卒業後、上京し女優として活躍を続けた。
(出典:wikipedia)

早乙女愛

早乙女愛

関連する投稿


【おニャン子クラブ】そんなメンバーいた?知る人ぞ知る!隠れた美少女おニャン子!

【おニャン子クラブ】そんなメンバーいた?知る人ぞ知る!隠れた美少女おニャン子!

おニャン子クラブには、在籍期間が短くほとんど活躍できなかったものの、知る人ぞ知る "美少女おニャン子" がいました。それも、強制的に脱退させられたおニャン子から、卒業後ヌードを披露したおニャン子まで様々です。今回は、筆者の独断と偏見で、4人の "隠れ美少女おニャン子" をご紹介します。


【徹底解説】広末涼子のブレイク・スキャンダル・逮捕まで|“清純派”の光と闇

【徹底解説】広末涼子のブレイク・スキャンダル・逮捕まで|“清純派”の光と闇

広末涼子の生い立ちから芸能界デビュー、奇行、でき婚、逮捕までを詳しく解説。同世代女優との比較やキャリアの転落の真相に迫ります。


異例のロングヒット!後藤真希による話題の写真集「ramus」に新規特典カットが追加!!

異例のロングヒット!後藤真希による話題の写真集「ramus」に新規特典カットが追加!!

2021年に講談社より発売された後藤真希の写真集「ramus」に、電子版限定特典として新たな5カットを追加した「電子書籍限定カット付き!後藤真希写真集 ramus」が現在好評発売中となっています。


南青山少女歌劇団6期生でグラビアアイドルの他・タレント・声優としても活躍した『桜井ひな』現在は?!

南青山少女歌劇団6期生でグラビアアイドルの他・タレント・声優としても活躍した『桜井ひな』現在は?!

1990年代後半に南青山少女歌劇団6期生として入団されグラビアアイドル、女優、タレント、声優としても活躍した桜井ひなさん。懐かしく思いまとめてみました。


【1975年】花の中三トリオとピンク・レディーの間、50年前にデビューした女性アイドルは!?

【1975年】花の中三トリオとピンク・レディーの間、50年前にデビューした女性アイドルは!?

本稿執筆時の2025年から遡ること50年前、"花の中三トリオ" が "花の高二トリオ" になり、ピンク・レディーはまだデビュー前でした。そんな狭間の年にも、多くの女性アイドルが誕生していました。今も現役の歌手から、"◯◯の女王" と呼ばれるあの大女優まで、1975年デビューの女性アイドルを振り返ります。


最新の投稿


映画「気狂いピエロ」をフルで無料視聴できる動画配信サービスを比較!

映画「気狂いピエロ」をフルで無料視聴できる動画配信サービスを比較!

『気狂いピエロ』は、1965年のフランス・イタリア合作映画。監督はジャン=リュック・ゴダール。アンナ・カリーナ、ジャン=ポール・ベルモンドらが出演したこの作品を無料視聴できる動画配信サービスをご紹介します。


【水着の政治家】かつてグラビアで男性を悩殺!? 現在活躍する女性政治家たち!

【水着の政治家】かつてグラビアで男性を悩殺!? 現在活躍する女性政治家たち!

芸能人やスポーツ選手らが政治家になると、「タレント議員」と揶揄されることがありますが、同時に、"タレントとしての活躍" が再注目される良い機会にもなります。中には、かつてグラビアに登場し、きわどいショットで多くの男性を魅了した女性も!? 今回は、そんなグラビアで活躍した女性政治家6名をご紹介します。


【おニャン子クラブ】そんなメンバーいた?知る人ぞ知る!隠れた美少女おニャン子!

【おニャン子クラブ】そんなメンバーいた?知る人ぞ知る!隠れた美少女おニャン子!

おニャン子クラブには、在籍期間が短くほとんど活躍できなかったものの、知る人ぞ知る "美少女おニャン子" がいました。それも、強制的に脱退させられたおニャン子から、卒業後ヌードを披露したおニャン子まで様々です。今回は、筆者の独断と偏見で、4人の "隠れ美少女おニャン子" をご紹介します。


【還暦おニャン子!】おニャン子クラブの元メンバーが2025年に60歳に!

【還暦おニャン子!】おニャン子クラブの元メンバーが2025年に60歳に!

2025年、おニャン子クラブもついに還暦を迎える時代に入りました。おニャン子クラブの元メンバーは全員が昭和40年代生まれで、そのうち、2025年に最初に60歳となるのは昭和40年生まれ(1965年生まれ)の二人です。しかも、この二人には年齢以外の共通点もあります。さて、誰と誰でしょうか?


「ニューモモコ」グランプリに選ばれCM、グラビアで活躍した『古川恵実子』!!!

「ニューモモコ」グランプリに選ばれCM、グラビアで活躍した『古川恵実子』!!!

1992年にニューモモコグランプリに選ばれCM、グラビアで活動されていた古川恵実子さん。2010年3月頃まではラジオDJを担当されていましたが、以降メディアで見かけなくなりました。気になりまとめてみました。