スクールメイツの衣装とポンポンの変化!
初代(1977年2月8日)から2代目(1978年1月31日)、3代目(1979年1月30日)、4代目(1980年2月5日)までは、英文で「School Mates」と書かれたTシャツを着用していたスクールメイツ。
また、初代はポンポンの色を両手とも服の色に合わせていた(赤の人=赤、白の人=白)。
その後、2代目で右手=赤、左手=白となり、3、4代目では両手とも赤となった。
5代目(1981年1月27日)では、赤・黄色・青のレオタード着用。
ポンポンはややこしくなり、服の色により異なり、赤の人=OP/ED 両手ともに赤、黄色の人=OP 右手に赤・左手に白、ED 両手に白で、青の人=OP 両手ともに白だった。
6代目(1983年2月15日)はシンプルに白のレオタードを着用し、ポンポンは両手に白だった。
ええと、これは6代目(1983年2月15日)!
いかりや長介最後の仕事はオープニングとエンディングの撮り直し!
2003年12月23日放送の『40年だよ!ドリフ大爆笑』に合わせ、20年ぶりにオープニング・エンディング共に一新された(テーマ曲は83年版のものをそのまま使用)。
12月8日に収録されたこの映像、この時既にいかりや長介は余命宣告を受けていて(本人には知らされなかった)、亡くなる約3ヶ月前のものとなった。
この収録がいかりや長介にとって生涯最後の、そしてドリフ5人全員が揃った最後のテレビ出演となった。
若い頃のいかりや長介
この時、久しぶりに5人でコントをするプランもあったが、いかりやの息子・浩一の著書によると、この時のいかりやはいつ倒れてもおかしくない容態だったという。
声もかすれてほとんど出せなくなっていたが、本人たっての希望でオープニングとエンディングのみ新しく撮り直しが行われた。
収録は、いかりやの体調を見ながら時間をかけて行われたという(上述のことから、オープニングとエンディングで使われたセットでのトークはいかりやを除いた4人で行われた)。エンディングでは恒例だった「次の回も一生懸命がんばります。ごきげんよう!」のセリフは無かった。
また、長寿番組としてスクールメイツの存在感を実感させるエピソードは、1983年のオープニングに出演していたスクールメイツのメンバーの娘が、2003年に同じスクールメイツのメンバーとしてこの収録に参加し、親子2代で出演している。
TBS系「8時だョ!全員集合」のエンディングテーマだった「ドリフのビバノン音頭」が、「ドリフ大爆笑」でも採用されていた。
「はぁビバノンノン」の歌詞が非常に懐かしい。
数多い!スクールメイツ出身のタレント!
「森口博子」
1968年6月13日生まれ。福岡県福岡市出身。
80年代後半~90代前半のバラドルとして知られる森口博子。
幼少期より芸能界へ憧れ、数多くの歌合戦に出場していた。
10代になってからはスクールメイツに所属し、レッスンに励んでいた。
森口博子(もりぐち ひろこ)
母校・高宮中学校の先輩、タモリの冠番組「笑っていいとも!」にレギュラー出演時、罰ゲームとしてオープニングでスクールメイツの衣装で踊ったことがある。