70年代と80年代は、ここが違う!男たちの身体を熱くしたモノ:エロ本の歴史

70年代と80年代は、ここが違う!男たちの身体を熱くしたモノ:エロ本の歴史

70年代に子供だった私は、当時高校生の親戚の兄貴の家に遊びに行くのが楽しみでした。そこは、大人の新鮮な娯楽が満載でした。70年代前半は劇画や青年・成人向け漫画があり・・・80年代に入ると・・・(透け透けの)ビニ本・・・。数冊持って帰りました。こっそり見た深夜番組も大人な番組だらけ・・・そういう昭和な男たちの身体を熱くしたエロ本の思い出を振り返ってみましょう。


1964年4月28日に「平凡パンチ」が創刊。1966年10月28日に「週刊プレイボーイ」が創刊。

1964年4月28日に「平凡パンチ」が創刊。当時の価格は50円。

1966年10月28日に「週刊プレイボーイ」が創刊。当時の価格は60円。

この両者は長く若者向けソフトエロ本としての地位を保ち続ける。

AVもビニ本もなかった70年代、男たちの身体を熱くした異色マンガの世界「エロ劇画の時代」

エロ劇画誌(エロげきがし)は、エロティックな題材を扱った劇画を中心に掲載する雑誌のことで、代表的なエロ本の1つであり、成人向け漫画を扱う雑誌の代表例でもある。官能劇画誌や三流劇画誌ともいう。

成人男性に対してアダルトかつハードな興奮を提供すべく、その手のマンガを中心に掲載する雑誌のことである。体裁としては成人向けマンガ雑誌であり、ほとんどはA4中綴じ、主たる内容は漫画で、その画風はあくまでも劇画である。普通は表紙の後ろにヌードグラビアが入る。また、巻末にギャグマンガが入る例も多い。

内容は劇画調でエロが含まれていれば何でもよく、ある意味では間口は広い。基本的には低俗なものと見なされているが、ここから巣立って一般誌で活躍した漫画家も少なくない。また、ここを舞台に有名になった書き手もある。その他、この手の雑誌には必ず四コマ漫画等のショートギャグマンガを含み、この方面でもここを舞台に活躍し、あるいは一般誌へ巣立ったものもある(いがらしみきお等)。

2000年代の時点で見れば、現代は衰退しており、その全盛期は1970 - 1980年代であったと思われる。その後はエロマンガの流れの変化により、少数派となっている。

AVもビニ本もなかった70年代、男たちの身体を熱くした異色マンガの世界「エロ劇画の時代」

横山まさみち「やる気まんまん」(1977年)

『やる気まんまん』(やるきまんまん)は、横山まさみち画、牛次郎原作の成人向け漫画である。

夕刊紙の日刊ゲンダイに、タブロイド版の1ページを使って『やる気まんまん』『新やる気まんまん』『やる気まんまん 性遊記』が1977年から1996年まで連載されていた。

1996年からは横山が原作も担当し、主役級キャラクターであるオットセイの設定など大筋はそのままに、続編的作品である『それいけ!!大将』を掲載。横山は2003年10月14日に死去したが、生前中に原稿を完成させており、その原稿の掲載終了とともに完結した。その後、2005年9月から2007年3月まで傑作選が3部に分かれて再連載された。

成人向け漫画のためストーリーの中心は性行為であるが、購入に年齢制限のない夕刊紙に掲載されていたため、性器については婉曲的な描写がされており、男性器(陰茎)はオットセイ、女性器は貝(二枚貝、巻貝の両方がある)で描写されていた。なお、関西テレビ制作のオークションバラエティー番組『とんねるずのハンマープライス』で、「貝役として出演出来る権利」が出品されたことがあり、若い女性が落札した。

横山まさみち「やる気まんまん」(1977年)

主人公が性技を駆使して、自分の男性器にしてその分身的存在であるオットセイと共に「先に相手をイかせた方が勝ち」というルールで数々の美女とセックスファイトを行う、というプロットは全作共通している。

自分の男性器にしてその分身的存在である「オットセイ」

オットセイ「締めないで!どうにかなりそうだよ・・・」

オットセイ「あああ・・・巧みなバイブレーション」

オットセイ「コットセイ(指)よご苦労さん。選手交代!」

コットセイたちが発見したスポットはここだな・・・ここを重点的に攻めれば・・・

エロ劇画は、描写が濃すぎて、ちょっと、ミドルエッジのまとめとしては厳しいので、このくらいで・・・

青年向けの劇画と漫画も熱かった!有名な漫画家も成人向け漫画を多数描いています。

松本零士の漫画『元祖大四畳半大物語』(「別冊漫画アクション」(双葉社)誌上で1970年6月27日号から1974年2月9日号まで連載)

『元祖大四畳半大物語』(がんそだいよじょうはんだいものがたり)は、松本零士による日本の漫画。1室が四畳半の下宿である「第三下宿荘」に住む主人公、足立太(あだち ふとし)と周辺の人物の生活を描いた作品である。

「別冊漫画アクション」(双葉社)誌上で1970年6月27日号から1974年2月9日号まで連載され、1980年にはこれを原作とした実写映画も公開された。

「別冊漫画アクション」でこの作品以前に連載していたSF漫画『マシンナーズ』の終了の後を受ける形で掲載された。

初版コミックスの前書きによれば、『男おいどん』などに代表される「大四畳半シリーズ」のルーツであるこの作品において同作ではあえて欠落させていた「下宿」の生活を描いたとのことである。

他の四畳半シリーズと違い青年誌への連載であったため、当時においては非常に過激なセックス描写なども頻繁に描かれた。

物語の舞台は1970年代の本郷である。主人公・足立太の住む第三下宿荘は年配の大家夫婦が経営する二階建てのボロアパートであり、部屋は風呂・トイレ共同の四畳半一間。

太の部屋は以前の住人が強盗犯人であったり部屋で首吊り自殺をした女性や心中した学生、踏み切りに飛び込んだ女性がいたりと何かといわくつきの部屋である。

『元祖大四畳半大物語』(1970年)

ジュリー
太の部屋の向かい側に入居している中年のヤクザ。本名不詳。いつもダボに腹巻姿で胸と背中に刺青がある。組では主に風俗関連のシノギを行う中堅幹部である。手下の若い者もいるようだが、稼ぎは大したことがないようで実質はジュンのヒモである。

下宿には鍵がないため、太にしばしばジュンとの情事を覗かれ喧嘩になるが、太とは「インキンタムシを分け合った兄弟分」なのでそこそこ友好的である。本人の自称では新潟県出身(佐渡が島の山奥)のようである。

ジュン
名前は「ジュン子」、姓不詳。ジュリーの情婦で後に入籍する。女子高生の頃に家出しジュリーの組に拾われて眠らされたまま強姦され、ポルノ写真を撮られたが不憫に思ったジュリーに救われたことをきっかけに情婦となった。キャッチバーの「ボルドー」の店員や、時にはジュリーの借金のカタに売春をしているようである。太の童貞喪失の相手であり、度々関係を持つことになる。

ジュリーとジュン

ジュンは太の童貞喪失の相手であり、度々関係を持つことになる。

日活で実写映画化され、1980年8月16日に公開。宣伝ポスターのキャッチコピーは「夢と希望と野心に燃えて おいどん青春、十九歳!」。同時上映は『鉄騎兵、跳んだ』。

性描写のある本作の映像化にあたり、原作者の松本と日活ロマンポルノ作品の監督を多数務めた曽根中生による共同監督となっている。足立太役の山口洋司は一般のオーディションで選ばれ、その後1982年公開の『胸さわぎの放課後』にも出演した。2002年8月23日にDVDがリリースされた。

原作:松本零士
監督:曽根中生、松本零士

足立太:山口洋司
ジュリー:前川清
ジュン:篠ひろ子

実写映画『元祖大四畳半大物語』(1980年8月16日に公開・日活)

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