70年代と80年代は、ここが違う!男たちの身体を熱くしたモノ:エロ本の歴史

70年代と80年代は、ここが違う!男たちの身体を熱くしたモノ:エロ本の歴史

70年代に子供だった私は、当時高校生の親戚の兄貴の家に遊びに行くのが楽しみでした。そこは、大人の新鮮な娯楽が満載でした。70年代前半は劇画や青年・成人向け漫画があり・・・80年代に入ると・・・(透け透けの)ビニ本・・・。数冊持って帰りました。こっそり見た深夜番組も大人な番組だらけ・・・そういう昭和な男たちの身体を熱くしたエロ本の思い出を振り返ってみましょう。


雑誌「ベストランジェリー」

雑誌「魅惑のランジェリー」

雑誌「下着ファッション」

「ナイトタイムス」(1983年)のような風俗情報誌は1980年代初頭に出現した。

1981年に歌舞伎町の紹介をする情報誌『歌舞伎町タイムス』として創刊。以後1983年に『ナイトタイムス』、1988年に『ナイタイレジャー』、1995年には『ナイタイスポーツ』[3]と改題し、2004年からは『ナイタイスポーツ』の略称であった「ナイスポ」「Naispo」が正式名称となる。

夕刊紙のような飛ばし記事が多く、とりわけトップ記事にスポーツ関連のネタが上がることは皆無に等しく、東京スポーツのようなゴシップ記事が多かった。

首都圏版、札幌版(1999年6月「さっぽろナイスポ」として創刊)、関西版(1999年9月「ナイスポ大阪」として創刊、2002年11月より「ナイタイスポーツ関西版」に改題)の3版。駅の売店やコンビニエンスストアで販売されていた。

2008年9月26日号(同年9月12日発売)をもって休刊、2009年8月4日にナイタイ出版が破産した。

号外ナイトタイムス134号 1983年

風俗情報誌のような情報は、もうネットの時代ですね。

1981年に『法隆寺』『金閣寺』といった題名の裏本が発行され、話題を呼び、一連の寺社シリーズでは『東大寺』『パルテノン神殿』が有名。

日本最古の裏本『法隆寺』(1981年) 最初期の裏本の表紙は、無地の色彩に文字だけだった

日本最古の裏本『法隆寺』(1981年) 最初期の裏本の表紙は、無地の色彩に文字だけだった

内容はいかにも風俗嬢らしきモデル女性と男性の性交シーンが露骨に写されたものであった。その後、若くて素人っぽさの残るモデルも多く登場するようになり、裏本ブームが起こった。『冬の華』『半分少女』『ガラスの林檎』(これらのタイトルは内容とは無関係に映画や歌謡曲などから借用されたもの)などが発行された1983年に一つのピークを迎える。

最古の裏本『金閣寺』(1981年)

最初期の裏本の表紙は、無地の色彩に文字だけだったが、やがて写真が配されるようになる。

初期の裏本の表紙や裏表紙の写真は、中身の過激さとのバランスなのか大人しいものが多い。

最初期の裏本の表紙は、無地の色彩に文字だけだったが、やがて写真が配されるようになる。

曼荼羅(1982年)

アイドル級も続々と登場した。1983年から1984年にピークを迎える。

沖田 真子(おきた まこ、1964年3月19日 - )は、1980年代前半の裏ビデオ、裏本、ビニ本の超美形の伝説的アイドル。サイズは、身長160cm、B84cm、W58cm、H86cm。

裏ビデオ、裏本の世界における美少女アイドルとして活動後、白夜書房のアダルト雑誌に、現在のグラビアアイドルの先駆のような形で登場。

さらに名前を「朝倉 みゆき」として、表世界のアイドルへと変身し、東京三世社から1984年11月15日に写真集『トロピカル・タイフーン』を出す。朝倉みゆきと改名した彼女は、様々な雑誌のグラビアを飾った。

ビニ本・裏本の伝説的アイドル『沖田真子』 「魅惑」 「優しく片思い」(1983年頃)

1983年、ホテトル嬢をしていたところをスカウトされて裏本に出演。

当時の裏本モデルの水準を超える愛らしい容貌とプロポーションを合わせ持ち、『イブの囁き』(1983年12月)、『マリア』(1984年2月)、『少女ケイト』(1984年6月)といった出演作はハードな描写もあいまって高い人気を集めた。

裏本の伝説的アイドル「渡瀬ミク」 『イブの囁き』(1983年12月)、『マリア』(1984年2月)、『少女ケイト』(1984年6月)

幻の美女、横須賀マリー。正体は不明。

今では考えられない「裏本時代」・・・今はネットの時代

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